さあ、狩りを始めよう③
菖蒲もニニも逃げに徹していた。攻撃をしても牽制程度。大きくうって出るような真似はしない。
菖蒲に至っては、ガレナが執拗に挑発しても一切耳を貸さず、ひたすら相手の様子を注意深く見ていた。獣化もせずに温存する。
「助けに行った方がいいんじゃないのか?」
ガレナが視線で示した先にいるのは、ラント相手に奮闘しているニニ。しかし菖蒲は涼しい顔で「ご心配無用ですわ」と全く頓着しない。
菖蒲は忍耐強い。勝機を見出すまで獣化はしない。ガレナが他に標的を移した瞬間、首を取るつもりだ。それがわかっているからガレナは菖蒲から目を逸らすことができない。
「ひょわあっ!」
ニニが素っ頓狂な悲鳴をあげた。ラントの拳を避けたはいいものの、鬼と鉢合わせしてしまったらしい。咄嗟に持っていた杖の先で目を突き刺し、なんとか鬼を倒すが、そこにラントが唸り声を上げて襲い掛かる。
セザは舌打ちして、魔獣達の合間をすり抜けた。強引に割って入り、ニニの援護をするつもりだ。間に合うかーー
「情けないわね」
呆れを多分に含めた少女の声。次いでラントの身体が後ろに吹き飛んだ。激突の瞬間にあえて退がることで勢いを殺したのだろう。ラントは難なく床に着地した。
「遅いよ、杏ぅ……っ!」
「引き継ぎが面倒だったの」
悪びれもなくニニの前に立ったのは、蛇族の獣人だった。二つに結えたお団子頭が特徴的な少女だ。
「お久しぶり、獣王陛下。お元気そうで何よりです」
「もっと敬意を払わんか」
低い声の小言と共に猪の姿に似た魔獣が飛んでくる。魔獣を殴り飛ばしたファルサーミが、悠然と姿を現した。
「ファルサーミ! どうしてここに?」
「知れたことを。貴様をゾアンに連れ戻すのが我が使命」
しれっと答えたファルサーミの顔を、アスラは穴が開くほど凝視した。
「いや、だって世界樹は? 水門は? まさか牡丹姉一人に任せているんじゃないだろうな」
「安心しろ。牡丹もここに来ている」
「嘘だろう!」
「本当だよ」
凛々しい声が肯定する。セザが開けた天井の穴から軽やかに降り立ったのは、鹿族の獣人だった。
「千花の長、牡丹。ただいま参上いたしました」
折り目正しく礼をする牡丹。アスラは鈍痛のする頭を手で抑えた。周囲を見渡せば、山吹や葵、柊などといった知っている面々が揃っていた。全員漏れなく千花だ。