さあ、狩りを始めよう①
ガレナの号令で一斉に魔獣や鬼が襲い掛かる。
弱いものから倒すのは獣と水妖共通の本能だ。まず最初に狙われるのは人間。アスラは玉座に駆け寄った。女王に迫る鬼を蹴り飛ばし、近衛兵達に向かって怒鳴った。
「逃げろ!」
浮き足立っていた近衛兵が弾かれたように動き出す。女王と大臣達を連れて玉座の背後、奥の部屋へと。一団の後を追う蜥蜴のような姿の魔獣ーーその背中をアスラは容赦なく爪で切り裂いた。
「ひ……いっ!」
引き攣った悲鳴。アスラが目をやると階下でアリーナが腰を抜かしていた。彼女の視線の先には、見上げるほどの巨躯の鬼が唸り声をあげていた。
アリーアの周りには誰もいない。格好の餌食だ。知能の低い鬼でもそれがわかったのだろう。ガレナと相対する菖蒲や、逃げ回るニニには目もくれず。アリーアの方へと無遠慮な足取りで歩んでくる。
「い、いやああああっ!」
アリーアの前に迫った鬼は腕を振りかぶった。間に合わない。アスラが歯噛みしたその時、鬼の背後から黒い影が飛び出した。セザだ。跳躍したセザは鬼の脳天に勢いよく踵を落とした。
悲鳴をあげる間もなく、巨躯が倒れる。人並み外れた筋力も敏捷性も頑強さも意味をなさない。セザは無防備な胸を抉り、心臓を潰した。一瞬だけ痙攣したのが最期。鬼は全く動かなくなった。
「あ……」
安堵からかアリーアの口から小さな声が漏れた。
立ち上がったセザはそこでようやく襲われていた者の存在に気づいたらしい。へたり込んでいるアリーアを見下ろし、呟いた。
「水妖か?」
「人間に決まってるだろ」
アスラが指摘する。セザは眉根を寄せた。
「紛らわしい」
「姫様!」
近衛兵達が駆け寄り、アリーアを抱える。そのまま玉座の間から逃げるのをアスラは見守った。
セザは極端な例ではあるが、たしかに混戦で人間にうろちょろされては巻き添いを食う可能性が高くなる。盾として使えるならまだしも、なるべく人間の犠牲者は少なくしたい。さっさと戦線離脱してくれた方が、アスラとしては戦いやすかった。
「大漁だな」
セザが広間を見渡す。魔獣五体、鬼二体を倒した程度では大勢に影響はない。鬼は魔獣の遺体を踏みつけて、こちらに迫ってくる。
ガレナに応戦している菖蒲の援護をしたくても、行く手を魔獣達に阻まれている。ニニは持っている杖を振ってラントを挑発し、逃げ回ることで精一杯。
つまり、残った百を超える鬼と魔獣をセザと二人で引き受けなければならないということだ。
「どっちがたくさん狩れるか、勝負でもする?」
「そんなに負けたいのか」
セザは首に手をやり、関節を鳴らした。
「好きにしろ。勝つのは俺だ」