おはよう、半獣②
胸を突かれたラントはもんどり打って倒れた。
「で、殿下……っ!」
「近づくな!」
慌てて駆け寄ろうとした近衛兵達を止める。アスラは紅蓮の人魚ーーガレナを睨んだ。
「発狂させたのか」
ただ獣化しただけでは理性を失うことはない。無理矢理覚醒させた上で、発狂させる。ポタルの町で見つけた獅子族の若者のようにーー三ヶ月前と同じように。
「獣化しただけの半獣ごときが獣王に敵うものか」
ガレナは鼻で笑った。
「強化してやったのだよ、我が絶歌『禍つ花園』によって」
うずくまったラントの背筋が怒張した。胸周りも増大し、衣服が弾けるようにちぎれ飛んだ。代わりに長く柔らかい毛が身体を被う。
次いで両脚と両腕の変化が始まった。膨れ上がって強張り、長く太く、頑丈なものへと。同時に顔も柔和で穏やかな人間のものから、鋭く猛々しい獣の様相へ。
「おにい、さま……」
茫然自失となったアリーアと臣下たちの前でラントは変貌を遂げた。人の二倍はあろう丈の野獣に。
アリーアの悲鳴を獣の咆哮が掻き消す。気弱で優しい王子の面影はどこにもない。理性を失った野獣は本能のままに動く。そばにいた魔獣を腕の一薙でぶっ飛ばし、暴れ始めた。
恐慌状態に陥った人間達が逃げ惑う。少しでも野獣から逃れようとして走った先に待ち構えるのは、人間の肉が好物の魔獣。叫喚と慟哭、そして断末魔が広間に響き渡った。
その一つ一つがまるで心地よいものであるかのように、ガレナは恍惚とした表情で耳を澄ませる。
「さて、僕はそろそろお暇しようかな」
ルビセルの唐突な離脱宣言。驚いたのはアスラだけではなかった。仲間であるはずのガレナでさえも訝しげな顔をする。
「なんだと?」
「だってもう僕は必要ないだろ。結果も見えている。君も遊んで満足したら、さっさと切り上げることだね」
ルビセルは優雅に、芝居かかったお辞儀をした。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
「待て、ルビセル!」
ルビセルはアスラに手を振った。その姿が溶けるように空へと消える。残されたのは、阿鼻叫喚する人間達と百近い魔獣や鬼。アスラは地団駄を踏んだ。
「あの性悪がぁ……っ!」
「悔やんでいる場合ではありませんわ。アスラ様、いかがなさいますか」
菖蒲が冷静に指摘する。が、どうするもこうするも多勢に無勢の状況に変わりはない。むしろ破壊衝動のままに動くラントがいるせいでもっと不利になった。
「なすべきことは変わらん」
まんまと最初の獲物に逃げられたセザが苛立たしげに言う。
「殲滅する」




