ひさしぶり仇⑦
マズい状況だ。
セザもニニも菖蒲もルビセルから目が離せない。先代獣王の死に関して、疑問を抱いているからだ。不自然な点が多いにもかかわらず追及しなかったのは、先代獣王ゼノの遺志を汲んでのこと。本心では誰もが真相を知りたいと思っている。
「猫くんの読みは正しい。先代獣王は病で死んだんじゃない。殺されたんだ」
ルビセルは得意げに解説した。
「となると、問題は誰が殺したのか、だよね? 獣人族を統べる森の王を、親衛隊と千花にも気づかれずに一体誰が、どうやって殺したのか」
やめろ。
叫ぶよりも先に身体が動いた。アスラはルビセルに飛びかかった。
「……あがっ!」
背後から突かれ、アスラは床に突っ伏した。一瞬、息が詰まる。すぐさま起き上がろうとしたが、動けない。背中の一点を押さえつけられて少し身を捩っただけで激痛が走る。
「邪魔をしたな」
頭上でセザの声がした。アスラを取り押さえたセザが、ルビセルに向かってぞんざいに言い放つ。
「続けろ」
「セザぁ……っ!」
「何故止める? 聞かれては困ることでもあるのか」
あるから止めようとしているんじゃないか。アスラは抜け出そうともがいたが、関節を決められては動きようがなかった。
「その様子だと、誰にも話していないようだね」
ルビセルは肩をすくめた。無駄な足掻きをするアスラを小馬鹿にするように。
「まあ、仕方ないよね。それが先代獣王の最期の願いだから」
ルビセルにこれ以上語らせてはならない。わかっていながら、アスラにはどうすることもできなかった。
「先代の、願いだと?」
「そこに転がっているアスラちゃんを責めないでおくれよ。彼女はただ、先代の願い通り『獣王ゼノが何者かに殺された』事実を伏せ、そして行方がわからなくなったその『何者か』を探していただけなんだ。表向きには、自分のつがいを探すという名目でね」
菖蒲が息を呑む。獣人族達の動揺をルビセルは愉しみながら語った。
「曲がりなりにも獣王を討ったのだから、王位を継ぐ権利がそいつにはある。もしかしたら、探し出してあわよくば獣王の座に据えるつもりだったのかな?」
アスラは歯噛みした。
「ろくな手がかりもないまま、千尋の森を飛び出し、足跡を辿り、およそ二月かけてようやく、アスラちゃんは黒い森の奥深くで縮こまっていた『そいつ』を見つけた」
「まさか……」
菖蒲が呆然と呟いた。気づいたのだ。突然アスラが帰国した理由を。ルビセルが誰のことを言っているのかを。耳聡いセザが菖蒲に訊ねる。
「知っているのか?」
「でも、そんなはずは」菖蒲はかぶりを振った「人間に獣王陛下が遅れを取るはずがございません」
そう、たかが野獣の姿になれるだけの人間に、先代獣王ゼノが殺されるはずがない。人魚の呪いによって姿を変えられているだけだとしたら、絶対に不可能だ。
セザは苛立ちを露わに詰問した。
「何が言いたい、水妖」
「彼だよ」
ルビセルはおもむろに指差した。畏れ多くもウィンヴィリア王国の第一王子ラント=ディル=カリオスを。
「彼が、先代獣王ゼノを殺したんだ」