ひさしぶり仇⑤
アスラは咆哮した。腹の底から響く猛々しい雄叫びは、群れを統べる獣のそれだ。アリーアのみならず歴戦の強者である将軍や近衞隊長達でさえも身を竦ませた。
ルビセルはアスラを放って、飛び退いた。と、ほぼ同時に彼がいた場所に瓦礫が落ちた。天井が崩落ーーいや、誰かが天井を砕いたのだ。
瓦礫の上に金髪の青年が降り立つ。小柄だが引き締まった身体、逆立った髪に鋭い眼光。そして何よりも特徴的なのが、背後で揺れる尻尾だ。
アリーアは息を呑んだ。見覚えがあったからだ。忘れようもない。港町ポタルを傍若無人に荒らした獣人。
「黒獅子……っ!」
騎士の一人が震える声で言った。獣人族の中でも最強と呼ばれる獅子族、その頂点に君臨するのが黒獅子だ。
「待たせたな」
周囲の人間には目もくれず、金髪の獣人はルビセルに告げた。
「尻尾巻いて逃げたと思えば、今度は何しに来たのかな」
「知れたことを。刺し忘れたトドメを刺すためだ」
「それはそれはご苦労なことで」
ルビセルは指を鳴らした。
それが合図だった。四方の壁、床からわきでるように現れる異形の魔獣達。首が三つある犬。形こそ人に似ているが薄気味悪い青色の肌をした化物。人の二倍はあろう巨躯を持つ鬼ーー魑魅魍魎という言葉が浮かんだ。その数は五十をくだらない。
おぞましさにアリーアは吐き気がした。王族を守るべく何人かの騎士が剣を抜き、女王やラント、そしてアリーアを取り囲むが、それだけだ。突如として現れた異形の化物に対抗できる術を持たない。
「わざわざ殺されに来たんだね。ありがとう」
「その言葉、そっくり返してやる」
「あのー……セザ、お取り込み中のところ悪いんだけど」
アスラが遠慮がちに割って入った。
「水門の鍵はもちろん、菖蒲とかゾアンにいる獣人に預けたんだんよな?」
「鍵なんぞ知るか」
「渡したじゃないか」
「知らん」
取り付く島もない。アスラは半目になった。
「あ、そうかニニが持っているんだな」
「やっほー獣王サマ」
いつの間に侵入したのか。支柱の影からひょっこり銀髪の少年が顔を出す。この場にそぐわない、明るい笑顔で手を振る。
「感謝してね。助けにきたよ」
「鍵は?」
ニニと思しき少年は振っていた手を下ろした。明後日の方を向く。
「……僕は知らないよ」
アスラは天井を仰いだ。
「菖蒲だなそうに違いない」
「王が持つべき『水門の鍵』を、わたくしが受け取るとでも?」