ひさしぶり仇④
鮮血が散る。斜めに大きく切り裂いたガレナを、アスラは床に叩きつけた。鈍い音が謁見の間に響いた。
突然の暴挙に停止していた思考が、そこでようやく動き出す。アリーアは震える唇から言葉を絞り出した。
「な、何を」
「ひさしぶりだな、紅蓮の人魚殿」
敵意を剥き出しにして、アスラは嗤った。獣と呼ぶにふさわしい獰猛な笑みを、押し倒したガレナに向ける。
「また会えて嬉しいよ」
「ひっ……!」
ガレナが悲鳴をあげる。辛うじてまだ意識はあるようだ。腕を振り上げたアスラを、ラントが引き止める。
「アスラ、何故だ。その侍女がどうかしたのか」
「侍女?」
アスラは鼻で笑った。ガレナの胸ぐらを乱暴に掴み、掲げた。
「こいつは水妖だよ。わかってて侍女にしたのか?」
アリーアは口元を手で押さえた。ガレナの乱れた髪の合間から、彼女の耳が覗いていた。ヒレのついた耳だ。人間ではない、異形の種族の証だ。
「そんな、まさか……っ!」
すり替わった。もしくは最初から、人間のふりをして近づいたのか。いずれにせよ、すぐそばに潜んでいた水妖に全く気づかなかった。
「ラントに呪いをかけたのもお前か」
「呪いとは心外だね。ただ、あるべき姿に戻してあげただけなのに」
涼やかな青年の声が乱入した。アスラは視線だけを上座の方へと向けた。
「ルビセル……またお前か」
「約束を違えたのは君の方だよ、負け犬くん」
ルビセルと呼ばれた水妖の青年は、寄り掛かっていた壁から背を離した。
「こいつは紫苑を殺した。こいつが狼族を滅ぼしたんだ。ルビセル、死ねと言うなら死んでやろう。でもそれは、この水妖を殺してからだ」
「仇討ちか。命にかえても復讐は果たそうってわけね」
ルビセルが腕を勢いよく振った。途端、突風のような衝撃波がアスラを直撃。なす術もなくアスラの身体は吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「くだらない」
ルビセルは優雅な足取りでアスラの方に向かった。床に転がったガレナにはまるで頓着しない。
「君たちってさあ、ほんと好きだよね、そういうの」
崩れ落ちたアスラの前で屈み、その前髪を掴んで持ち上げる。ルビセルは歌うように、愉しげに挙げた。
「汚名返上、復讐、仇討ち。それで負けたら『呪ってやる』『殺してやる』——いつか必ず。飽きもせずにまあ、ご苦労なことで」
牙を剥いて威嚇するアスラに、ルビセルは囁いた。
「ねえ、僕に教えてよ。『いつか』っていつなのさ?」