ひさしぶり仇③
「ウィンヴィリア王国に攻め入るつもりはなかったと?」
「獣人が生きるには千尋の森で十分です。それに侵略するつもりなら、とっくに攻め落としているかと」
侮辱と受け止めた将軍達が色めき立つ。が、表立って異を唱えるものはいなかった。鋼鉄の鎖を引きちぎるような種族だ。千尋の森にどの程度の獣人がいるのかも不明だ。いくらこちらには銃火器があるとはいえ、応戦できる自信は全くなかった。
「……話は変わりますが、王子を救ってくれたそうですね。ラントから聞いています」
「あ、すみません」
アスラはバツが悪そうに頬をかいた。
「あの、すごく格好いい野獣だったので、人間の王子様だと全然気づかなかったんです。獣人だと思い込んでいたもので……その……つい」
尻すぼみになる弁明。比例するようにラントの肩が落ちる。獣人だと思い込んでいたから求婚した。裏を返せば人間はお断りということだ。兄の『真実の愛』は儚く散った。
「ご、ごめん……」
アスラがすまなそうに謝るも、ラントは衝撃のあまり茫然自失。ほんの僅かだが、アリーアは兄を哀れに思った。
「水妖が何故、兄上に呪いを掛けたのです?」
「さあ? 私にはなんとも」
アスラは肩をすくめた。直感的にアリーアは嘘だと思った。この獣人は何かを知っている。隠そうとしている。しかし、アリーアがさらに追及しようと口を開いたところに、女王が「考えても致し方ないことです」と打ち切った。
「アスラ、と言いましたね。理由はどうであれ王子を救ってくれたことに間違いはありません。心から礼を申します」
「恐縮です」
アスラはぺこりと頭を下げた。くだけた態度ではあったが、女王は咎めなかった。むしろ目を細めて微笑んだ。
「それで、あなたの用は済んだのですか?」
「はい。おかげさまで一人は見つけましたので、行方不明になった経緯を詳しく聞こうと思います」
この場から去るつもりだ。将軍、近衞隊長らに囲まれた状況で、数百人の兵が守護するこの城から。それがわかっていながら、誰も止めることができない。屈辱にアリーアは唇を噛んだ。
人間側の都合などまるで頓着せず、己のやりたいように振る舞う。傲慢さが許されるだけの力を、獣人は持っている。
「ですが」
アスラは右手の指を曲げた。人間にあるまじき鋭い爪が見えた。
「帰る前に一匹だけ、狩らねばならない獲物がいます」
言うが否や、アスラは身体をバネにして跳び掛かった。左側面、つまりアリーア達に目掛けて。
アリーアは動くどころか反応すらできなかった。周囲にいたガレナも近衛兵達でさえも、咄嗟のことに動けない。
「アスラ!」
切羽詰まったラントの声を無視して、アスラは爪をひらめかせる。
そしてーーアスラはアリーアの隣に控えていたガレナを切り裂いた。