ひさしぶり仇②
かくして件の獣人の娘、アスラは衛兵四人に引っ立てられてやってきた。手枷と足枷。仕上げとばかりに鋼鉄の鎖で身体をぐるぐる巻きと、事情を知らない者が見たら大げさなほど厳重に拘束されていた。
罪人のように鎖で縛られ、人間達の好奇の目にさらされている。屈辱的な状況にもかかわらず、アスラは平然としていた。謁見の間を見回し、匂いを嗅いだりと忙しない。
「陛下の御前だ。跪け」
アスラより頭一つ分は背の高い近衞隊長が横柄に命じる。アスラは臆する様子もなく「そうは言ってもねえ」と首を傾げた。
「鎖を外さないと屈むことだってできないよ」
しっかりと人語を解している。大臣達はざわめいた。アリーアの隣にいた宰相が声を潜めつつ訊ねた。
「あの……本当に獣人なのですか?」
「間違いなく獣人です」
獣耳も尻尾もない。だがアリーアはこの目でたしかに見た。一見ただの平民にしか思えないこの少女が、煉瓦の塀を片手で砕き、石柱を蹴り倒したのだ。
アスラは小さくため息を吐くと「ほい」と気の抜けた声を発した。途端、彼女を拘束していた鎖が弾け飛んだ。
「な……っ!」
愕然とするアリーアや大臣達の前で、アスラは涼しい顔で足枷と手枷を引きちぎった。ただの鉄の塊となったものを放り捨て、こきこきと関節を鳴らす。
晴れて自由の身になった獣人アスラは、その場に膝をついた。
「千尋の国ゾアンより参りました狼族の獣人、アスラと申します。ウィンヴィリア王国の偉大なる女王陛下にご挨拶申し上げます」
細かな所作こそ違うが、それは間違いなく礼儀作法にのっとった挨拶だ。女王に対する挨拶の口上も申し分ない。
二足歩行する獣と蔑んでいた大臣達は一様に言葉を失った。力があるだけの害獣程度にしか考えていなかった。だが実際は、少なくともこのアスラは知性があって、人間を遥かに凌ぐ膂力を持つ。侮っていたはずの獣人はウィンヴィリア王国にとって脅威となりうる種族だったのだ。
動揺する周囲を余所に、女王はアスラに顔を上げるように命じた。
「森に住んでいる獣人が、何故我が国へ?」
「数ヶ月前より何人かの獣人の行方がわからなくなっておりまして、その調査に」
アスラはよどみなく答えた。
「探していた獣人の一人を発見した時、すでに発狂状態で大暴れしていたため、やむを得ず大立ち回りを演じたという次第です」
「話の筋は通っていますね」
「陛下、鵜呑みになさるのは……」
苦言を呈そうとした宰相を女王は片手で制した。