ひさしぶり仇①
「解放するべきです」
アリーアは向かいに立つ兄、ラントを睨んだ。が、本人は妹の視線に気づきもせずに女王に進言している。
いや、あえて無視しているのだろう。他の大臣達からの非難の眼差しを浴びながらも、ラントは臆する様子もない。
「あの場にいた兵士によれば、暴れていたのは黒い獅子の獣人や人魚と思しき男で、アス……あの娘は止めていたというではありませんか。処罰などもってのほかです」
他の臣下達を代表する形で異を唱えたのは、アリーアだった。
「しかし、石像や家屋を倒壊させたそうではありませんか。獅子の獣人も人魚の行方も不明となれば、唯一の手掛かりはあの娘です。事の真偽を確かめる必要はあるのでは?」
「あくまでも話を聞くだけなら、拘束は不当です。手枷を外して客人として扱わなければ」
「客人? 獣人を?」
アリーアは開いた口が塞がらなかった。近衞隊長や大臣達も失笑ともつかない呆れた表情を浮かべていた。背後に控えている侍女のガレナもきっと同じだろう。それくらいラントの発言は常軌を逸していた。
「言葉が通じているかも怪しい獣人を丁重にもてなしたところで、意味があるのでしょうかね」
「無礼だぞ!」
「いいえ、大臣のおっしゃる通りです」
アリーアはきっぱりと言い捨てた。ラントには目を覚ましていただかなくてはならない。
「獣人に少しでも分別があるのなら、他国の領内で暴れ回り建造物を破壊するはずがありません。野蛮で礼儀知らずで低俗な種族に対して、何故こちらが礼儀正しくせねばならないのですか?」
初めて獣人を目の当たりにして、アリーアの中で獣人族に対する評価は地に落ちた。
膂力こそは人間に勝るかもしれない。しかし、それだけだ。衝動的に暴れ回り、こちらの警告も静止の言葉も通じない。銃火器といった武器も持たずに素手で何でも破壊するその野蛮さ。きっと法も文化もない原始的な種族なのだろう。そんな獣に払う敬意など、人間にはない。
「そもそも、獣人は何故この国に現れたのですか? 侵略行為の可能性だって捨て切れ、」
「アリーア」落ち着いた声が遮った「言葉を慎みなさい」
上座の女王に嗜められ、アリーアは口をつぐんだ。間違っているとは思わない。が、たしかに憶測の域を出ないことではあった。
「事の経緯を調べる必要はあるでしょう。獣人族が何故我が国に現れたのかも知りたいところ」
女王は淡々と告げた。
「しかしその前に、あの娘は王子を救ってくれた恩人です。まずは礼を述べるのが道理であると考えます」
「では……っ!」
ラントの目が輝く。アリーアは思わず声を上げた。
「危険です! もしもあの獣人が暴れたら」
「アスラはそんな娘ではない」
「何故断言できるのですか。相手は得体の知れない獣ですよ。兄様もご覧になったでしょう。石柱を素手で割り、街中で雄叫びをあげるのが獣人です。あの娘が危険でないという証拠がどこにあるのですか?」
「鎖に繋いだまま、連れて来なさい。危険ではないと判断した時点で拘束は解きますーーそれでよろしいですね?」
ラントとアリーアは顔を見合わせた。お互いに納得できない部分はあるが、多少は譲らなければ進まない。二人揃って渋々首を縦に振った。