さよなら獣王陛下⑥
「半獣の王は不服と挑んで敗れ、負った傷が癒えていないからか」
沈黙は肯定。
ニニはなんだか情けなくなった。これが獣人最強と呼ばれる獅子族の姿か。
セザがアスラを『半獣』と罵るのは弱いからだ。弱い者、弱さに甘んじる者をセザは許さない。良いか悪いかはさておき、力を重んじる獣人族では一般的な考え方だ。
その点、この獅子族のお偉方は、力で敵わないからと半獣であることを理由に新獣王を認めず、その上自分達の同胞が行方不明となっても手をこまねいているだけで何もしない。セザが最も嫌悪し軽蔑する部類の獣人だ。
「しかし、不服の意を示しているのは、我々だけではありません。熊族や鹿族、狐族……大半の部族がセザ様こそ新獣王と考えております」
「俺は今、獅子族の話をしているはずだがな」
セザの目に怒りが閃いた。
「正面から挑んで敵わないからと、他の部族と示し合わせ、先代が定めた獣王を無視黙殺したのか。それを恥とも思わず俺に報告するか!」
激昂の真っ最中、気の早い連中が獣王就任のお祝いを持ってきたのだから、もう手に負えない。怒りの臨界点を超えると沸騰するのではなく絶対零度に下がるのだと、ニニは身をもって知った。
獣化こそしていないが尻尾は臨戦態勢。握りしめた拳が微かに震えている。セザは全身の毛を逆立てていた。怒鳴り散らさず、沈黙しているのがまた恐ろしい。何が降りかかってくるのか、わかったものではい。
「ニニ」
低い唸り声で呼ばれる。ニニの返答を待たずしてセザは命じた。
「送り先を間違えている。本来の場所に届けてこい」
どこへと訊ねるほどニニは間抜けではない。獣王城の新獣王宛。当人は不在だが寵姫に預かってもらえばいい。
「ついでに他の部族からも貢物を預かって届けろ」
「あ……はーい……」
完全にとばっちりだ。ニニは山のように積み重ねられた貢物を前に肩を落とした。獅子族の誰かに手伝ってもらおうと心に決める。
千尋の森内にいくつの部族があると思うのか。ニニも具体的な数は把握していないが、二十は余裕で越える。
八つ当たりをしたセザはというと、もはや用はないとばかりにサラや長老達の横をすり抜けた。それを止める猛者はいなかった。
「助けに行くの」
「馬鹿言え。決着をつけるためだ」
セザは手の関節を鳴らした。
「とんだ邪魔が入ったからな」




