さよなら獣王陛下③
ルビセルの言葉を否定できる状況ではなかった。表立ってラントに危害を加えることはできなくても、紅蓮の人魚を使えば毒殺でもいくらでもできる。
そしてアスラは、ラントを見捨てることはできなかった。同じ混血児であること、先代獣王の息子であること、何よりも先代獣王の最期の願いがある。アスラは先代獣王と約束した。守らなくてはならない。
「その目、気に入らないなあ」
陰鬱な声でルビセルは呟いた。
「僕には敵わない。逃げることもできない。助けも望めない。なのに全然あきらめていない」
ルビセルは砕けた椅子の残骸を蹴っ飛ばした。
「まさか君は、自分が好かれていると思っているの? 自分はみんなにとって大切で、かけがえのない存在だと思っているのかな?」
金色の瞳が覗き込む。こちらを見透かすような眼差しに、アスラは真っ向から受けて立った。
「前にも同じようなことを言ってたけど、無駄だよルビセル。私は折れない。たとえ千尋の森中の獣人から否定されても、嫌われても、関係ないんだよ」
好かれようと、受け入れられようと思っていたのならきっと絶望していただろう。しかしアスラは見返りを求めていなかった。求めるまでもなく、全て与えられていたからだ。
「私が好きだから守るんだ」
紫苑、先代獣王、ファルサーミや菖蒲、千花達。多くの獣人に恵まれてアスラはここまで生きてきた。与えられたものを返す。ただ、それだけのことだった。
ルビセルは忌々しげに舌打ちした。絶対的に有利な立場であるはずなのに、不快な表情を浮かべていた。
「だったら僕は壊すだけだよ。君が守りたいと願うものを」
目に激るのは紛れもない憎悪だ。
「たかが半獣だ。僕が手を下すまでもなく、殺す方法なんていくらでもある」
「早速約束を違えるつもりか」
「最後まで聞けよこのバケモノ」
ルビセルらしからぬ乱暴な口調。相当に怒っているようだ。
「ラントは殺す。でも殺すのは僕じゃない」
ルビセルは断言した。
「君の目の前で、彼は死ぬ」
意図を問う間もなく、ルビセルは消えた。残されたのは、えもいえない不安と吐き気を伴うほどの悪寒だった。




