さよなら王子様②
はてさてどうやって注意を引きつけようか。
アスラは考えながら衛兵と思しき一団の前に出た。案の定、一瞥されただけで目の前を素通りされる。無理からぬことだった。獣耳も尻尾もない、傍目にはただの人間の女だ。
仕方なくアスラはセザが既に半壊させていた建物の支柱を蹴り割った。辛うじて残っていた建物は倒壊した。全壊だ。
公衆の面前でのパフォーマンスの効果は的面だった。民に呼ばれたのだろう。すぐさま先ほど素通りした衛兵達がとって返してきた。
「誰かをお探しかい?」
アスラは両手を広げて見せた。
獣人だ。どうする。銃を。いや効かない。鎖を持ってこい。衛兵達の戸惑う姿に、思わず笑った。騒ぎを聞きつけてやってきたはいいものの、どう対処すればいいのかわからない。初めて狩りをする妖獣を彷彿とさせる微笑ましさだった。
「君は一体何をしているのかな」
背後から声。お目当ての水妖、ルビセルが呆れた顔で腕組みしていた。
「時間稼ぎ」
「自分からバラす囮なんて聞いたことがないよ」
ルビセルは額に手を当てた。
「もう一人の水妖のことは考えなかったのかい」
「セザをぶっ倒せるほどの猛毒をお前が作れるとは思えない。お前が注意を引きつけている間に、もう一人の水妖が毒を仕込んだんだろ?」
ルビセルは答えなかった。否定をしない。
「だったら毒はさほど脅威じゃない。あの子は蛇族だ。獣人族で唯一、あらゆる毒に対する耐性を持っている部族だ」
その特異体質と毒を使って狩る習性ゆえに、蛇族は姑息な部族と獣人族の間では蔑まれている。水妖を彷彿とさせる鱗を持っているのも嫌悪に拍車を掛けているのだろう。だが、裏を返せば蛇族は、水妖に対抗しうる優秀な能力を持っているということだ。
「お前を足止めして、人間達の注意を引きつければ十分だってことさ」
「僕が君を置いて、あの坊やを探しに行ったら?」
意地悪く訊ねたルビセルの目が見開かれる。アスラが鍵の束を掲げて見せたからだ。
「好きにしろよ。『水門の鍵』を置いて行けるのなら」
置いて行けるわけがない。水門の鍵奪還は積年の悲願だ。獣人族最強とはいえ、たった一匹の獣人の命とは比べ物にならない。
「君、正気なの?」
「あいにく私は発情も発狂もしてないよ」
「それが水門の鍵だと思うほど、僕はおめでたくはないよ。君のことだから、どうせあの蛇族の子か誰か他の獣人に預けているんだろう」
ルビセルが無造作に払った手から氷柱が飛ぶ。槍投げのような速度で飛来したそれを、アスラは身を捻ってかわした。
「水門の鍵を持たないただの半獣を、なんの取引材料にもならない無価値なものを、僕が生かしておくとでも?」




