横やり失礼③
「見くびっていたようだね。反省するよ」
ルビセルは左手で胸を押さえた。彼の右腕は力無く垂れ下がったままだ。水妖は獣人とは違って身体能力はさほど発達していない。妖術で身体を一時的に強化することはできるが、回復となると高等かつ複雑な妖術を用いらなくてはならないらしい。ルビセルは相当な実力者だが、かといってセザを相手にしつつ、折れた腕の回復を行えるとは思えなかった。
「不意打ちごときで獣人を倒せるとでも? 舐められたものだな」
「まさか」
ルビセルは微笑んだ。感情の読めない、ただ顔に貼り付けただけのような虚ろな笑みだった。
「こんなちゃちな術で畏れ多くも獣人族最強と渡り合えるなんて思ってないよ。何よりも決定打に欠ける」
胸に当てていた手を下ろす。取り急ぎ胸の回復だけ終えたらしい。
その間もアスラは周囲の気配を探った。水妖はルビセルの他に最低でももう一体はいる。この状況でも動く気配がないのは、どういうわけだ。
「僕が言いたいのは、獣人族の頑丈さを見くびっていたということさ」
それとも君が特出してしぶといのかな。軽口を叩くルビセルに、セザは身を低くした。いつでも飛びかかれる体勢だ。
「何が言いたい」
「狩られるのは君の方だよ、大きな猫くん」
セザが動いた。攻撃体勢に入ろうとした。が、セザは前のめめりによろめいた。
「セザ?」
不規則な呼吸。セザは低く呻いて、その場で膝をついた。アスラは慌てて駆け寄った。
「偉大なる猫に、我ら水妖族からの贈り物。気に入ってくれたかな?」
セザは答えない。握りしめた拳が震えている。アスラは全身の毛が逆立つような怒りを覚えた。
「毒を、仕込んだのか」
「鯨を殺す猛毒なんだけどね。その体力には正直、恐れ入った。効かないかと焦っちゃったよ」
ルビセルは悪びれもなく答えた。
獣化している状態だったのなら、もしかすると効かなかったかもしれない。しかしセザは獣化を解いてしまったーー消耗していたからだ。
「最初から、これが狙いだったんだな」
アスラは立ち上がった。
「セザと私が潰し合うのを待って、弱ったところを襲う。まんまとしてやられたわけか」
「おおむね合ってるけど、僕の予想は少し違う。君を倒した猫くんとやりあうつもりだったんだよ。それなのにまあ……」
ルビセルは口元に手を当てた。くすくすと意地悪く笑った。
「ずいぶん善戦したじゃないか。ほとんど互角だった。僕に蹴っ飛ばされてぴいぴい泣いてたあの半獣が、ここまで強くなっていたとは思わなかったよ」
視線の先にあるのはセザ。愉しげに、嘲りを込めてルビセルは嗤った。
「それとも、獣人族最強が大したことなかったのかな?」




