こぶしで挨拶④
ようやく駆けつけた騎士団。その数およそ数十名。全員が剣や銃など武器を手に完全武装している。たかだか二匹の獣を仕留めるためにしては大規模な編成だ。
集団の真ん中に立つ騎士——金髪の歳若い女性が抜身の剣の切先をこちらに向けた。
「市井を荒らす化け物達よ、退治されたくなければ大人しくなさい!」
「棕櫚、お前の言う通りだ。俺としたことが判断を誤った」
セザの目が据わっていた。ものすごく嫌な予感がした。半獣態では通常時に比べて理性がなくなる。というより、獣に近くなる。本能の赴くままにセザは邪魔者を排除すべく動き出した。
「よせ、セザ!」
浮き足立った集団にセザは襲いかかった。激突する寸前、アスラは横から蹴りを入れた。渾身の力を込めた蹴りをしかし、セザは難なく避ける。
「なんだ」
「人間に手を出すな」
「突っ込んできた首をどうしようが俺の勝手だ。貴様こそ、さっきから何故人間の肩を持つ。そいつらが貴様に何を返してくれる? 獣人を毛皮ぐらいにしか考えていないような連中だぞ」
別に見返りを期待しているわけではない。アスラは騎士団を背にしてセザと対峙した。
背後で、引き攣った小さな悲鳴が聞こえた。異形なものに対する恐怖と嫌悪、そして敵意を、アスラは痛いほど感じていた。
「これは私とお前の問題だ。他は関係ない」
身を沈め、跳躍。間合いを詰めてセザの顔面に蹴りかかる。セザは身を屈めて、アスラの軸足をはらった。体勢が崩れる。無理矢理繰り出した肘鉄も掻い潜り、セザはアスラの胸を突いた。
身体を捻って勢いを削いで急所は外させた。そのはずだった。しかし規格外の力に身体は後方に飛ぶ。噴水の縁に強かに背中を打ちつけた。
絶え間なく湧き上がる水でアスラの全身が濡れた。すぐさま起き上がろうとした腹が踵で押さえつけられる。相手は大して力を込めていないはずなのに、胸が詰まって呼吸さえ苦しくなった。
「おい、貴様は獣化せんのか」
身じろぐアスラを踏みつけにして、セザは獰猛に笑った。尻尾が機嫌良さそうに揺れている。
「遠慮はいらんぞ。何故獣化しない」
できるものならとっくに獣化している。しかしどんなに努力しても、普通の獣人のように変身することはできなかった。だから血を吐くような思いで鍛錬を重ねたのだ。
「まさかとは思うが全力なのか。この程度で?」
この程度。アスラが全身全霊を込めた一撃をあっさりとはねのけて、鼻で笑う。取るに足らないもののように。セザの踵が鳩尾にのめり込む。骨が軋むような音が聞こえた。
「ぐっ……あ、」
「おいおい威勢よく飛びかかってきて、これで終わりなら興醒めもいいところだ。こんなんじゃあ遊んだ内にも入らんぞ」
アスラは歯噛みした。