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獣王の婚活  作者: 東方博
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ひさしぶり、幼なじみ④

「肉食系の獣人で多生児は生まれて間もなく選別される。劣った赤子は川に流され、淘汰されるのがならわしだ。おまけにそいつは半獣だ。たまたま子を失ったばかりの寵姫の慰みものとして拾われたというだけ」

「なんだ。落ちこぼれかあ」

 酷い言われようだが事実だ。そもそも『棕櫚』という名も、赤子だったアスラが棕櫚の葉で編まれた籠に入れられ、川を流れていたのを引き上げられたのが由来。情けをかけられ、アスラは育てられた。

「そうか。先代が死の間際に血迷って指名した後継者というのは貴様か。情に絆されて大義を見失うとは、いかにもあの男らしい」

「落ちこぼれのくせに獣王を名乗るなんて、おこがましいねー」

「先代を悪く言うな」

「言い争っている場合か」

 剣呑な雰囲気にファルサーミが割って入った。

「あの様子だとしばらくは止まらんぞ」

 通りの向こうでは、発狂した獣人は三つ目か四つ目となる建物を倒壊させたところだった。猛々しい咆哮。破砕音。逃げ惑う人々の悲鳴。混乱は増すばかりで収束する様子はまるでない。

「セザ、どうするの?」

「放っておけ」

 セザは惨状に背を向けて、アスラの方を見た。

「そんなことより、棕櫚。先代から恵んでもらった『水門の鍵』を返してもらおうか。あれは貴様のような落ちこぼれが持つには過ぎた玩具だ」

「い、今それを言うか! お前の一族の奴が暴れているんだぞ」

「俺には関係ない」

 族長にあるまじき無責任な発言。アスラは絶句した。

「おおかた油断していたところを人間に捕らわれたのだろうな。発情期とはいえ、人間ごときに遅れを取る未熟者なぞ獅子族の恥晒しだ。発狂でも何でもすればいい」

「だとしても、だ。関係のない人間を襲ったり、町を破壊していいわけないだろ」

「関係ない? こいつらが罪のない被害者だとでも言いたいのか」

 セザは恐慌状態の人々を睥睨した。

「人間というのはつくづく馬鹿な連中だ。膂力では我々獣人には到底敵わないことは自明の理。何故、制御できないものの逆鱗にあえて触れる? 鎖で繋げば家畜のように飼い慣らせるとでも思っているのか? 獣人が、脆弱な人間ごときに!」

 切れ長の目に怒りが閃く。憎悪さえ滲ませてセザは嗤った。

「あれは、愚かな人間が自ら招き入れた災厄だ。人間が何匹死のうが、町が破壊されようが俺の知ったことではない」

 種族間の断絶は相当に深かった。セザは右手を差し出した。

「さっさとしろ。素直に返せば、半死半生程度で済ませてやる」

 鍵を渡そうが渡すまいが痛めつけられるのは決定事項。アスラもセザに色々言いたいこと、やりたいことは山のようにあったが、その中に『鍵を渡す』というものはない。

「誰がお前なんかに」

「ほう、いい度胸だ。まあ素直に返されては面白くもない」

「獣王としてお前の挑戦を受けてやる」

 胸を張ってわざと尊大に言うと、セザの眉がわずかに上がった。アスラは不敵な笑みを浮かべた。

「でもあいにく私は今、そこで暴れている獣人を鎮めるのに忙しい。連れて帰ると寵姫達に約束してしまったからな。終わったらお前の相手をしてやるよ」

「……いいだろう」

 言うが否や、セザは大きく跳躍した。屋根の上を駆けて先回り。暴走する獣人の進行方向に降り立った。

 畏れ多くも獅子族の族長を前にしても、理性を失った獣人の勢いは衰えない。障害物としか見做していないようだ。威嚇のためか耳を弄するほどの咆哮が響き渡った。

「まったくもって礼儀知らずな獣だ」

 突進してくる獣にセザは鼻を鳴らした。

「頭が高い」

 緩やかに、優美とさえ思える動作で片脚を横に振った。回し蹴り。およそ小柄な痩躯からは想像もつかない力で、自身の倍はある巨大な獣が蹴り飛ばされる。 

 ゴム毬のごとく巨躯は宙を舞い、民家と思しき建物に激突。けたたましい音を立ててのめり込んだ。そのままピクリとも動かない。脳震とうを起こしているのだろう。蹴りの瞬間、セザの脚が頭を的確に捉えていたのをアスラは見た。

 一撃で発狂した獣人を昏倒させたセザは、遅れて駆けつけたアスラに告げた。

「これでお前の『おつかい』は終わりだ」

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