ひさしぶり、幼なじみ②
鎖に繋いでいる。獣人と知りつつ、たかだか鉄の紐でぐるぐる巻きにしていると。二人して顔を見合わせ、再び店主の方を向く。
「獣人と知ってて閉じ込めているのか?」
「一体どうやって捕らえた」
口をつぐむ店主の眼前でファルサーミはカウンターに拳を叩き込んだ。太い木を深く抉り、のめり込むファルサーミの右手。店主の顔面が蒼白になった。
「……寝ていたのを……連れてきた奴がいて。一週間ずっと起きなくて」
「ほう」ファルサーミはこめかみを引き攣らせつつ言った「つまり。我らが獣人族の中に、人間ごときが近づいたことにも気づかず眠りこけ、鎖に繋がれたまま今もなお熟睡している、頭の中に色とりどりのチューリップが咲いている奴がいると」
ファルサーミの怒気に圧された店主が頷く。
「恥さらしものがぁ……っ!」
制止する間もなかった。ファルサーミは片手でカウンターを剥ぎ取って投げ飛ばすと、店主の悲鳴を背景音に猛然と階段を下った。次いで聞こえる何かが割れる音や砕ける音。そして人間のものと思しき悲鳴。アスラは店主に詫びてから地下に降りた。
地下室は格子によっていくつか区切られていた。アスラの目から見ても美しい人間の女性や男性が、それぞれ鎖に繋がれて押し込まれている。皆一様にこちらを怯えた目で見るのは、先陣を切って突入したファルサーミのせいだろう。
そのファルサーミはちょうど用心棒と思しき屈強な体格をした人間を、豪快に放り投げていたところだった。自慢の格闘術を使うまでもなかった。
「史上稀に見る阿呆はどこだ」
血走った目で周囲を見回し、ファルサーミは高らかに吼えた。
「この俺が、じきじきに引導を渡してくれる!」
「落ち着けって。きっと発情期だったとか何か理由が」
アスラの声を今度は猛々しい咆哮がかき消した。低く腹に響くそれは、間違いなく獣によるもの。
部屋の最奥。物々しく太い鎖が幾重にも巻きつかれた『獣』が、身を捩っていた。金色のたてがみ。太い腕。鋭い牙。ファルサーミよりもひとまわりは大きい身体。アスラはあんぐりと口を開けた。
「獅子族じゃないか!」
呼応するように獅子族の獣人が再び吼えた。鎖を引きちぎり、身体を小さく丸めた。飛びかかる予備動作。身構えたアスラだったが、獅子族の獣人は身体をバネにして上へと跳躍した。天井をやすやすと突き破り、地上へ。
アスラとファルサーミも跡を追う。見るも無残な一階にはもはや店主はいなかった。逃げたのだろう。破壊された扉から店から出て周囲を見回すが、すでに獅子族の獣人の姿はどこにもなった。
「上だ」
ファルサーミとアスラは跳躍した。外壁を足蹴に屋根の上に降り立つ。町を一望、とまではいかないが周辺一帯を見通すことができた。
交易の町なだけあって表通りは活発だ。大通りには忙しなく行き交う人の姿もたくさんあったーーそこへ突っ込む獅子族の巨体。大通りは騒然となった。
「……暴れているな」
「人間に捕らえられたのが屈辱だったのだろう。獣化するほどに」
「いや、そうじゃないと思う」
獣化は獣人族固有の能力だ。内に眠る獣の血を覚醒させて、神経・身体能力を爆発的に向上させる。ファルサーミが怒ると額に角が生えるのも獣化の一種だ。普段は感情を爆発させた時に片鱗を見せるだけの能力を、完全に覚醒させるとああして獣に近い姿になるーーのだが、理性を失うことはそうそうない。