おかえり、次期獣王②
「放置しているさ。どうでもいいんだろうね」
「どうでもいい?」
セザの眉が神経質そうにぴくりと動いた。
「獅子族が代々守ってきた誉れある獣王の座に居座っておきながら、か」
「指名された本人が一番驚いていたよ。いきなり呼び戻されたかと思えば、水門の鍵を託されて……さすがに可哀想だから、牡丹姉も菖蒲も何かと理由をつけては登城してる。千花としては王が代わっても変わらない忠誠をささげる所存だよ」
「ずいぶんと肩を持つな。その半獣に」
山吹は首を傾げた。
「あんた、聞いてないのか」
「何をだ」
「新王はアスラ様だよ」
「知っている。狼族の出だそうだな。五年前の襲撃で壊滅状態と聞いていたが」
「じゃあこれは聞いてるかい? アスラっていうのは、棕櫚のことだよ。あの子、千花の座を辞す時に花名を返上したから」
その時、ニニは初めてセザが硬直したのを目の当たりにした。不機嫌そうに揺れていた尻尾までもが固まった。凍りついた、と言ってもいい。表情こそいつもの仏頂面だが、内心の動揺ははかりしれない。
しばしの沈黙。ようやく硬直が解けたセザは小さく吹き出した。
「……少し見ない内に冗談が上手くなったな」
「あいにく冗談じゃないよ」
「あいつは狼族、いや獣人族でも最弱の半獣だ。それが獣王だと? 冗談以外の何物でもないだろう」
「そこそこ強くはなったようだけど。少なくとも血気盛んな若い連中を退けるくらいは」
「俺よりもか」
山吹は明後日の方を向いた。それが答えだった。山堕とし。獣人族最強。数々の称号は伊達じゃない。加えて本人は森を飛び出して外敵の討伐に明け暮れ、日々強くなっている。大陸最強の名を冠する日も近い。そんなセザに敵う獣人などいるはずがなかった。
「ほら、アスラ様は獣化できないからさ」
「十六にもなって獣化もできん未熟者が王だと!?」
吠えるセザ。その傍でニニは『なんで年齢を把握しているんだろう』と思った。自分の兄弟の人数すら覚えようとしない男が、だ。
「先代も先代だ。何を血迷ってそんな奴を獣王に指名した」
「畏れ多くも獣王陛下のお考えになることを、臣下が推しはかることはできないよ」
「何があった」
セザは低く凄んだ。
「先代はたしかに不治の病だった。だが、そうやすやすとくたばるような奴じゃない。まだ死ぬはずのない者が死に、王になるはずのない者が王になった。何か理由があってしかるべきだ」
山吹は笑みを消した。真正面からセザを見据える。
「私は何も聞いていない。たとえ聞いていたとしても、教えるわけにはいかないね」
両者睨み合いの拮抗状態。先に目を逸らしたのはセザの方だった。無意味さを悟ったのだろう。千花は獣王にもっとも忠実な配下だ。
「新王は城にいるのか」
「この前ふらっと戻ってきたけど、すぐにまた森を出ていったよ。ここのところ獣人族で何人か行方不明者がいてね。それを調べに、ファルサーミと人間の国へ」
「獣王自らか」
「他に誰もいないからさ」
セザは舌打ちして踵を返した。何も行き先は言わなかったが、様子からして獣王に会いに行くつもりなのだろう。優秀な従者であるニニは山吹に確認した。
「その人間の国ってどこ?」
「南西の海沿いにある……なんだったっけ。ウィンなんとかって国」
「探すの骨が折れそうだなー」
「セザに任せておけば大丈夫さ」
肩を落とすニニ。山吹は豪快に笑い飛ばした。
「棕櫚の匂いなら覚えてるよ」