おかえり、次期獣王①
四年ぶりに訪れた千花の庭は、記憶のそれと変わりないように思えた。
獣王の代替わりがされた場合、先代の寵姫たる千花も入れ替わるのがならわしだ。しかし新王のアスラは千花達を全員留めたらしい。実に賢明な判断だとニニは思った。どうせセザが獣王になったら、また千花を入れ替えなくてはならないのだから。身の程を知っている。
「牡丹はどこだ」
出迎えた獅子族の寵姫に向かって、セザは挨拶もそこそこに訊ねた。同じ部族のためか遠慮がまるでない。当の寵姫ーー山吹も気にする様子もなくあっさりと「世界樹の様子を見に。あと城で留守番している菖蒲がおかんむりだからご機嫌取り」と答えた。
「菖蒲とは? 新しい寵姫か」
「猫族の娘だよ。紫苑と仲良くて……ほら、棕櫚の姉姫」
そこまで言われてようやくセザは思い至ったらしい。五年近く武者修行に出ているので情勢に疎いのは無理からぬことだった。
「何故、千花が獣王城に」
千花が守護するのは世界樹と水門の周辺一帯。世界樹の根元にある獣王城も例外ではないが、城に関しては獣王直属の親衛隊が配備されるのが常だ。
「そりゃあ、親衛隊がいないからさ。先代のは解散。一人残ったファルサーミが新しく募ったけど、誰も手を挙げなかった」
「え、そんなことってあるの?」
思わずニニは口を挟んだ。獣王直属の親衛隊は千花に次ぐ一族の誉れ。獣人族ならば誰もが願うものであるはずだ。
山吹は肩をすくめた。奔放に跳ねた長髪が動作に合わせて揺れる。獅子族の代名詞とも呼べる金髪だ。
「仕方ないさ、新王は半獣だから」
「だからって誰もいないってのは酷くない?」
「それで閑散としているわけか」
セザにならってニニも周囲の気配を探った。千花と思しき獣人数名はそれぞれの縄張りにいるようだが、それ以外はいない。つまり、誰も寄り付いていないということだ。
「ずいぶんと人気のある新王だね」
「獣王城に行ってごらんよ。こんなに広かったのか、って実感できる」
「族長はどうした。新王への挨拶は済んだのか」
通常、新たな獣王が誕生した場合、各部族の長が献上品と共に祝いに伺うのがならわしだ。宴だけでなく寵姫の代替わりや親衛隊への推挙なども行うので、二、三ヶ月は獣王城は駆けつけた獣人達で溢れかえる。
「鹿族と猫族は来たらしいよ。獅子族は族長代理としてサラが時々獣王城には来ているけど、族長不在を理由に祝いは贈ってない。我が部族ながら義理堅いことで」
鹿族はファルサーミ、そして千花の長である牡丹がいる手前、贈らないわけにはいかなかったのだろう。猫族はおそらく先ほど名前が出た菖蒲が働きかけたのだろう。それでようやく二部族。
言外に祝いを贈らない獅子族を放置したことを責められたセザは顔をしかめた。
「何のための族長代理と長老だ。俺がいなければ、おつかいすらできんのか」
「ま、まあ仕方ないじゃん。みんなセザがすぐに獣王になると思っているんだよ」
豊かではない蛇族の出のニニとしては少なくはない貢物を惜しむ気持ちはわからなくもない。
「だが、先代が指名したのは俺ではなく、その半獣だ。仮にも王ならば礼儀を尽くすのが道理。その新王は一体何をしている。侮られて黙っているのか」




