ようこそ、人間の国②
人目を忍びつつ、慣れない人間の国で獣人探し。聞き込みは無理だとアスラは早々にあきらめた。ひとまずは熊の獣人が半壊させたという屋敷に向かうことにした。
「囚われた場所から匂いをたどるのか?」
「いや、そこの屋敷の人間に話を聞く」
いかに優れた獣人の嗅覚をもってしても、運ばれた経緯までは嗅ぎ取れない。屋敷内に、人間からすれば異形の獣人が捕らえられているのを誰も知らない、などということはまずないだろうから、聞き出すのが手っ取り早い。
「しかし解せぬ。獣人を地下に押し込んで一体何をするつもりだったのだ」
「熊と間違えて飼うつもりだったとか?」
「飼う……従者のことか」
強い獣人が自分よりも格下の獣人を養う代わりに御用聞きをやらせる。獣人の中でも特に強い獅子族や狼族ではままある習慣だ。
「そうじゃなくて、ほら馬に車引かせたり、牛の乳搾ったりしてるじゃん。ああいうの」
「獣と獣人の見分けもつかんのか」
ファルサーミの中で人間の評価がとことん落ちたところで、目的の屋敷に到着した。
正確には、屋敷だったもの。
辛うじて門扉は残っているものの、肝心の建物は全壊。瓦礫の山に支柱と思しきものが二つに折られて転がっていた。とてもではないが人間が住めるような状態ではない。周囲に人気は皆無。ご近所さんに話を聞くことすらできない。
敷地を取り囲む外壁から屋敷跡を見て、アスラは肩を落とした。
「ハズレかあ」
「そうでもなさそうだぞ」
「え?」
ファルサーミは足元に落ちていた石を拾った。屋敷の残骸であろうそれは、拳ほどの大きさがあった。
「なに、」
意図を問うよりも先にファルサーミは石を投げた。外壁にのめり込むはずの石は、触れる前に何かに弾かれた。不可視の壁。ファルサーミは間髪入れず二弾目を放った。
「水妖だ!」
ファルサーミの警告とほぼ同時に、青白い顔の女が姿を現した。アスラは駆け出した。鋭い爪を閃かせて距離を詰める。が、女は後ろに大きく飛び退いた。挑発的な笑みを残して、外壁の角を曲がって消えた。
「逃すか!」
「待て、深追いを」
ファルサーミの静止を無視して、アスラは水妖を追った。海ならいざ知らず、陸での駆けっこは獣人に分がある。一目散に逃げようとする背中に、アスラは飛びかかった。




