ようこそ、人間の国①
大陸の最南端にあるウィンヴィリア王国は、海路の開拓と共に発展した商業国として名高い。
海の入口でもある港町ポタルとなれば、往来も盛んで多種多様の人種が町中を行き交う。さすがに耳ビレのある水妖やケモミミと尻尾を剥き出しにした獣人は闊歩していないが、それら異種族の特徴さえなければ、異国の人間だと勝手に解釈してくれる。そのため、獣人であるアスラもファルサーミも、人目を気にすることなく町中を歩き回れるーーはずだった。
「『黒い長髪、ややつり気味の目、歳は十五、六ほどの少女……名はアスラ』」
人相描きと共に記載された特徴をファルサーミが淡々と読み上げる。
「探されているぞ」
「ラントの奴……っ!」
すっぽりと被ったフードの中でアスラは歯噛みした。
犯罪者よろしく手配書がポタルの至る所に貼られていたのだ。アスラは外套を羽織い、人目を忍ばねばならなくなった。
「結婚できないって言ったじゃないか」
「納得していなかったようだな。それにしても、触れ回りたいのなら、遠吠えか小動物に伝令をさせればよいものを。何故こんなまわりくどい方法を取るのだ」
「人間は遠吠えもできないし、動物が何言ってんのかもわからないからだよ」
「馬鹿な。動物の言葉も解さずにどうやって生活する?」
顔をしかめるファルサーミに、アスラはため息ついた。
「人間は、人間としか会話しないんだよ」
二百年近く生きているファルサーミに、十数年しか生きていない自分が、何故ものを教えているのだろう。いくら森での暮らしが長いとはいえ、寝床のことといい無知にも程がある。
「ねえファルサーミって、森の外に出たことある?」
「今まさに不本意ながら出ている」
「いや、前にもってこと」
ファルサーミは深刻な顔で考え込んだ。
「……はじめて?」
「初めてではないが、覚えておらん」
ないも同然ということだ。アスラの視線を感じてか、ファルサーミは「興味がない」と言い捨てた。
「森に生まれ、森で死ねば十分だ。それに人間と関わると碌なことがない」
「嫌な思い出でもあるの?」
「先代のつがいが人間だったからな。サラを筆頭に獅子族の純血主義共がやかましくてかなわなかった」
アスラは目を見開いた。初耳だ。
「先代のつがいは人間だったのか?」
「お前が生まれる前に死んだ。詳しいことは俺も知らん」
先代の部屋に寝台が置いてあったりとやたらと人間趣味だったのは、そういうわけか。『混じりもの』であるアスラを寛容に受け入れたのも、きっと異種族に対する抵抗がなかったからだろう。
「でも、先代の子は全員純血だよ、ね……?」
「つがいとの間に子は成さなかった」
ファルサーミは断言した。一切の疑問を挟まない強い口調だった。
「こっそりいたりして」
「ない」
「可能性として」
「絶対にない」
ファルサーミは観念したように深いため息を吐いた。
「あのサラが、先代王の血をひく半獣を生かしておくと思うか」
とてもそうは思えない。アスラはしっかりとファルサーミの言いたいことを理解した。たしかにそれは、碌なことではない。