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獣王の婚活  作者: 東方博
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ただいま、人間の国②

 自室に戻っても苛立ちは治らなかった。

 人払いをして部屋着に着替え、お気に入りの椅子に腰掛け、側仕えのガレナが淹れた香草茶を一口飲んでようやく、アリーアはまともに息を吐いたような心地がした。

 我ながら無理もないと思う。怒鳴りつけそうになるのをずっと堪えていたのだ。

「姫様、お疲れ様でございます」

 表情に出ていたのだろう。気遣うガレナに、アリーアは何度目かもわからない大きなため息を吐いた。

「兄上も困ったものだわ」

 ウィンヴィリアは、北に広大な千尋の森、西に山脈、南と北に海と領土はさして広くない国だ。にもかかわらず大陸屈指の国々と肩を並べているのは、貿易によって築いた富と、守り易く攻め難い地の利によるものが大きい。

 故にウィンヴィリア王国を統治する王家に求められているのは、交渉を優位に運ぶ知恵と海を荒らす海賊や周辺の蛮族を蹴散らす武力だ。現王は運河の整備を推し進め、新たな航路を開いたりと国の発展に尽力している。先見の明に優れた聡明な女王と、国内のみならず他国からも評価は高い。第一王女のアリーアは、駆け引きは苦手ではあるものの、齢十六にして騎士団長を務めている。剣の実力は同年代の騎士と比べても群を抜いている。

 比べて第一王子、ゆくゆくは国王となるラントはどうか。

 頭は決して悪くはない。むしろ女王に似て聡明だと教師達からは評判だ。が、優しく穏やかな性格が災いしている。血生臭いことを嫌い、誰かを押しのけてまで事をなそうとは考えない。民からは慕われるだろうが、畏れられない。ありていに言えば、舐められるのだ。国王の器ではないとアリーアは考えている。

「先日もお二人のご意見が合わなかったとか」

「合わなかったどころか、正反対よ」

 女王の意向でラントとアリーアは十四の頃から大臣達との会議に参加し、発言も許されている。いずれは国政を担う王子と王女の教育のためだった。

 しかし先日、アリーアとラントの意見は真っ向から対立してしまったのだ。

 議題はウィンヴィリア王国の北に広がる千尋の森について。大陸の四分の一を占める広大な森は自然豊かで、どの王国も自国の領土にと望んでいる。

 それが叶わないのは千尋の森が獣人達の縄張りだからだ。森の奥深くに住む彼らは、独自の王を定め千尋の国ゾアンという獣人の国を作り上げた。獣人は尻尾と獣耳さえなければ人族と見分けがつかないが、身体能力は比べものにならないくらい高い。幾多の国が千尋の森を我がものにせんと攻め込み、返り討ちにされた。いかなる勇士も獣人にはまるで歯が立たなかったという。

 幸いなことに獣人達は千尋の森から出ようとしないので、基本的に相互不干渉を貫いている。人間側から攻めてこなければ、獣人も何もしない。必然的に獣人の姿を見る人間は非常に少なく、今では伝説的な種族になっている。かくいうアリーアも、数年前に遠征訓練の折に偶然獣人の姿を遠目に見ただけで、知らないに等しい。

 さて、そんな生態が謎に包まれている獣人が、港町ポタルに姿を現したという。警備隊が尻尾と獣耳を持つ者を捕らえたと連絡が入り、すぐさま王宮に移送するよう手配がなされた。が、その獣人は一夜にして詰所を半壊にして脱走。警備隊の一人が森に向かって走る姿を目撃しているので、自国に戻ったと思われる。

 建物の被害は甚大だが、大きな怪我を負った者はいない。獣人は得体の知れない種族のため深追いは危険——と判断した警備隊長を、アリーアは叱責した。そして千尋の森に斥候を送るべしと強く提言した。

 かねてよりアリーアを始めとする軍部は、獣人の恐ろしさを疑問視していた。

 生まれながらに人間よりも遥かに優れた膂力を持つ種族。森に生きる獣人は海に生きる水妖とはいがみ合っていて、かつては世界樹を巡って全面戦争をしたこともあったらしい。神話の時代のことだ。

 獣人の中でも特に獅子族の力は群を抜いている。たった一人の獅子の獣人によって人間の千人隊が壊滅した事例もあるという。五十年も昔の記録だ。

 実態が全くわからないから、噂だけが一人歩きしているのではないか。多少人間よりも膂力があったとしても、数には叶わない。しかも今は銃や大砲といった火器の発達がめざましい。獣人は昔ほど脅威的な存在ではない——そんな考えを持つ者が増えた。

 実態を把握すべく調査するのは、アリーアにとって至極当然の流れだった。その裏には肥沃な土地である千尋の森を少しでも領有することができるかもしれない、という淡い期待があった。アリーアなりにこの国の将来を考えての提案だった。

 しかし、ラントは反対の意を唱えた。穏健派と呼ばれる大臣達も一緒になって抗議した。獣王の怒りを買えばウィンヴィリア王国が誇る騎士団と言えども無傷では済まない。今は南西部の蛮族とも戦をしている最中、無謀な争いは避けるべし、というのが言い分だった。

「南西の蛮族なんて少数民族だし、小競り合いのようなものじゃない」

 慎重であることと臆病は違う。それにアリーアはいきなり獣人に戦を仕掛けるなどとは言っていない。密かに調査をするだけだ。

「私に言わせれば、川を挟んですぐそばに得体の知れない怪物がいるというのに、呑気に構えている方が無謀だわ。少しでも敵のことは知っておくべきよ」

 今まで何もなかったからといって、これから先も獣人達が人畜無害であり続けるとは限らないのだ。危機管理は国防の鉄則ではないのか。

 散々文句を言ってから、アリーアは我に返った。

「別に兄上のことが嫌いなわけじゃないのよ? ただ、相性が良くないの。性格が全然違うから」

「はい。心得ております」

 下手な弁解に、ガレナは優しく微笑んだ。

「僭越ながら私も、姫様が憂慮されるのはごもっともかと存じます。獣人はたしかに人間よりも力はありますが、技術や文化は原始的のようですし……一度実態を調べる必要はあるかと」

 アリーアは深く相槌を打ち、ふと眉を顰めた。

「獣人を見たことがあるの?」

 使用人とはいえ王女付き。ガレナは名門貴族の令嬢だ。王都から出たことすら数えるほどしかないはず。

「ええ、実家におりました頃に」

 思っているよりも獣人は近くの存在なのかもしれない。ならば、なおさら実態を把握するべきでは。アリーアは決意を新たにした。


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