はじめまして、次代の獣王陛下④
「獣人ってどうしてそう大ざっぱなのかな。狼族で半獣の子だよ。先代獣王ゼノが後継を指名したのは知っているよね。就任早々、国を出て色々なところをうろちょろされるもので、こっちも困っているんだ」
水妖は大げさに肩をすくめた。
「獣人の一人や二人、人間の国にやってきたり住み着いたりするのは、まあいいよ? でも『水門の鍵』を持つ獣王に目の前をうろつかれたら、僕らだって穏やかではいられないというわけさ。獣人は獣人の、人間には人間の、水妖は水妖の住むべき場所があるんだ。縄張りは守って欲しいね」
「五年前に狼族を襲撃した水妖族が言うことではないな」
セザは冷笑した。部族が違うとはいえ、狼族も獣人。同胞を殺された恨みは少なからずある。
「それで? 貴様ら水妖にご迷惑を掛けないよう、さっさと獣王を交代して千尋の森に引きこもっていろとでも」
「ありていに言えばそうだね。君達にとってもその方が有益だと思うよ」
愉悦と微かな怒りを込めて、水妖は嗤った。それは明らかな挑発だった。
「わからないかな? これ以上引っ掻き回したら容赦はしないって警告しているんだよ」
セザは水妖に飛びかかった。鋭い爪はしかし青年ではなく水柱を切り裂く。
「ところで王子サマ」
水面に映る幻影が耳元で囁いた。
「御父上殿は本当に病で亡くなったのかな?」
悪意を残して幻影はかき消える。同時に水柱も勢いを失い、元の川の流れに戻る。
飛び石の上に降り立ったセザは周囲を見回した。ニニもならって気配と臭いを探る。粘りつくような妖気は消えていた。
セザは警戒こそ解いたものの、何事かを考え込む。
突如として現れた水妖。意図の読めない忠告もとい警告。わからないことだらけだ。状況を把握するためにも千尋の国ゾアンに帰るのが先決——だが、ニニは川に放置されている大鷲を見下ろした。
「あのさ、これってやっぱり大きいんだよね」
ニニは慎重に言葉を選んだ。
「あらかた処理は終わったけど、これから解体して持って帰るとなると三日はかかると思うんだ。獅子族の誰かに引き取りに来てもらえると、僕としてはとても助かるんだけど……」
七年も仕えているのだ。セザの性格をニニは熟知していた。訃報を聞いた時点で帰りたかったはずだ。大鷲カルサヴィナの配下達と交戦中でなければきっと即座に帰国しただろう。大鷲カルサヴィナを倒し、先代獣王からの命を果たした今、セザを縛るものはない。
残る問題は矜持だ。水妖に言われたからと仕留めた獲物を放置して急いで帰国したのでは、山堕としの名が廃る。しかし獲物が従者の手に余るのならば仕方のないことだ。合理的な早急な帰国の理由をニニは提案した。
「そうだな」
セザはおもむろに右翼を掴むと、自身の倍はある巨体を軽々と持ち上げた。
「ゾアンに帰る」
「え、は、いや……持って帰るの!?」
「当然だ。寵姫どもに解体させる。奴らには聞きたいこともあるからな」
言うがないなや、セザは川下へ駆け出した。大鷲カルサヴィナを担いだまま。川を三つ、山を二つ超えた先の千尋の国ゾアンまで行くつもりだ。徒歩で。
「嘘でしょう!?」
ニニは悲鳴をあげた。