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4.楽しい気持ち

 パズルゲームの『もちぷよ』は僕らが生まれた頃にはすでに作られていたゲームだ。


 時代の流れに合わせてグラフィックやコンテンツが増え、最近ではハード機とスマートフォンでも対戦が可能になった事で、各世代が己のノウハウでぶつかり合う事が出来る数少ないゲームとなった。


「ハンデが意味ないとかうそだろ? これがランククリスタルの実力かよ……」

「杉沢すごいじゃん!」


 フィギュアにハマるまで。いや、今でもアイテムを取るため、毎日何回かはネット対戦しているこのゲームは最も得意なゲームと言っても過言では無い。


 ランキングで一位の人にも勝った事がある僕は、案の定無双している。正確に配置させるのはもちろん、自分の盤面で手一杯のうちは一生かかっても僕には勝てない。


「なぁ、道井さんもそろそろやってみないか?」

「ポテトチップスは後でも食べられるよ?」

「なんなら後で一袋やるからさ?」


 初めて食べるその味に感動しているのか、彼女はじっくりと味わう様にポテトチップスを頬張って




「はっ! ポテチに夢中で忘れてました!」


 彼女はティッシュで手を拭き、僕が渡したコントローラーを受け取ると机の上に置くとキーボードを叩く様に手を置いた。


 まさかのゲーセンの様なスタイルに息を飲む。見た目はお嬢様というか箱入り娘にしか見えない、しかし彼女の手つきが礫戦のゲーマーの様な玄人感を醸し出始める。


「うへぇ、道井さん変わった持ち方するんだな」

「えっ? やっぱり変ですか?」

「いや。こう持たなきゃいけないって事はねぇし、やりやすい形でいいんじゃね?」


 日比野がそう言うと、コクリと頷く。


「あんまり周りにゲームとかしている人がいなかったので……」

「そうか。杏ちゃん私立の一貫校だったっけ? 確かに厳しそう」

「そうなんです。それに女子校でしたので友達も誘い辛くて一人でしてました」


 すると道井杏は恥ずかしそうに俯く。なんとなく私立の女子校だった事や、一人でゲームをしていた事と言うよりは、成宮さんに対して恥ずかしがっている様な気がした。


「じゃあよかったな。これからは俺等といっぱいゲームすればいい」


 僕は少し、自然に優しい言葉をかけられる日比野を羨ましいと思った。なんと言えばいいか、この中で一番仲が良かったはずなのに二人がどんどんと短期間で近づいていく。僕は、その事に焦っていたのかも知れない。


 それから、真剣な眼差しでプレイし始めた彼女が新たな一面を見せつて来た事で、余計に離れていくんじゃないかと感じてしまった。


「嘘だろ……お前ら何モンだよ」


 幾多の強豪と戦ってきた僕でさえ、息を飲む様な配置と判断。道井杏はどう考えてもこの『もちぷよ』を知り尽くしたトッププレイヤーの動きだった。


「なるほど、これは一般人やCPUでは相手になりそうもないね」

「おいおい俺等は一般人呼ばわりかよ」


 案の定、対戦していた成宮さんはなすすべもなく瞬殺されてしまう。だが、それでも僕には勝算があった。


 道井杏は、ランク戦はした事が無いと言っていた。つまりは一番つよくてもCPUのヘルモードが戦ってきた中で最強の相手だったと言う事だ。生憎日比野や成宮さんもそれなりにやり込んでいるのかヘルモードに全敗するほど弱くはない。だが、彼女はそれを瞬殺出来ると言う事は少なくともランク戦でゴールド以上、プラチナ位の強さがあるのは間違い無いだろう。


 だが……僕はその上のクリスタルだ。強い相手との実戦経験を圧倒的にこなしている分こちらに分があると思う。


「成宮さん、僕が仇を取ってあげましょう」

「任せた! 杉沢なら勝てるかも?」


 微笑む道井杏にニヒルに笑って返し、対戦が始まった。スタートはほぼ同時、いかに早く相手を邪魔出来るかが重要だ。積み上がると同時に【じゃまもち】が降り注ぐ。大きな連鎖も大事だが、対戦ではジャブを打ち邪魔をしながら攻める必要がある。その上でタイミングを見て大技を落とすのだ。


「やべー、二人ともはえぇ」

「杉沢はともかく、杏ちゃんがここまでできるなんて思わなかったよ!」


 中盤になり、大技を出しては崩し合う。思っていたより強いというか、まるで僕のパターンを吸収していっている様に攻めてくる。流石パーフェクトガールとでも言うべきか凄まじい成長スピードだ。


 じっくりと【じゃまもち】をゴリゴリ詰めていき、長い戦いに終止符を打った。


「よしっ!」


 思わず僕は声を漏らす。と言うのももう一度したなら正直結果は分からないと思ったからだ。道井杏はそれほどに強かった。


「あらら……」


 だが、意外にも彼女は悔しそうな表情は見せず、普段どおりニッコリとした笑顔を見せた。それから日比野の提案で他のゲームも色々としたものの、彼女はやっぱり普段通り微笑んでいただけだった。


 夕方を過ぎた頃、なんとなく外が暗くなってきている事が分かると日比野はタイミングを見計らった様に言う。


「そろそろ、お開きにするか。成峻は杏ちゃん送って行ってやれよな?」

「あ、うん……わかった」


 急に名前で呼ばれた事に驚く。正直な所、小学生以来呼ばれた記憶は僕には無い。だが、日比野は自然を装いながらも少し恥ずかしそうにしているのに親近感を覚えた。


「じゃあ、そろそろ帰るよ……武明」

「おう!」


 少し勇気を出して僕も名前を呼んだ。思っていた以上に恥ずかしくなって彼とは目を合わせられなかった。


「じゃあな!」


 鞄を持って道井杏と二人で立ち上がると、武明はそう言って笑う。コクリと頷き、立ち去ろうとすると彼はもう一度「じゃあな!」と言った。


「じゃ、じゃあな」

「おう」

「じゃあね!」


 なんとなく返したものの、「じゃあまたな(・・・)」と言う、また遊ぼうぜと言っている様なこの言葉が少しいいなと思った。多分武明もだからもう一度言ったのだと理解した瞬間、彼と友達になれた様な気がしてそんな当たり前の様な事が嬉しかった。


 武明の家を出た後、道井さんを駅まで送る事にした。彼との約束でもあったし、それが自然なのだと思ったからだ。


 自然と二人きりになったせいか、それとも一緒にプライベートで遊んだからなのか以前よりなんとなく道井杏と居る事に違和感はなくなっていた。


「道井さん、今日は楽しかったね」


 だからと言うだけでは無いが、自然と彼女に話しかけていた。しかし彼女は意外な言葉を返した。


「成峻くんは楽しかったの?」

「えっと、楽しくなかった?」


 彼女は相変わらずニッコリと笑うと、


「私は『楽しい』がよくわからない」


 何事も無かったかの様に返した。

 彼女の表情からは想像も出来ないようなその冷たさを感じる言葉に僕は何とも言えない不気味さが込み上げてくるのが分かった。

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