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ユートピア  作者: オータ
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 ある日、その変化は始まった。

老人たちは緩やかに若い姿に戻っていき、子供たちは今までと変わらぬ速度で成長し、死の淵にあった人は回復していき、その人にとって最もポテンシャルを高く維持できる年齢で固定された。

ある日というのは定かではない。

ただ、その日、世界から死者が消えた。


 交通事故にあった者も死なず、体が爆薬で木っ端微塵になった者は、次の日には元の姿を取り戻し、戦場でさえも死人が出ない。

死の淵の記憶はPTSDとして彼らに残った。

しかし、それも「健康的ではない」姿であったため、医者の手を介さずとも徐々に快復した。


 飢餓は「健康的ではない」ので、人類から消えた。

五体がない人は、腕やら足やらが「健康的」とされる姿に近づくよう少しづつ生えていった。

「今までの自分を愛していた。義足でのオシャレというのもあった」

そんな声はきっと「不健康」とされて、その人の内から段々薄れていった。


 さすがの人類もこの変化にはっきりと気が付き、ある団体は「神の御加護」と言いなにかを崇めた。

「宇宙人の干渉だ」「某国の策略だ」そんな声も飛び交った。

きっとそれらも「不健康」とされたため、主張を続ける心自体が少しづつ薄れた。


 もちろん変化を喜ぶ人もいた。

ずっと視界がなかった人は、世界が見えることを喜んだ。

戦争の意味がなくなり、段々と世界から戦争やら内紛やらが消えていった。

それも喜ばしいことだが、同時に貨幣や法律が機能しなくなっていった。


 そうすると人類は好き勝手に振る舞い、殺戮以外を目的とした暴徒が現れたりした。「不健康」だ。ゆっくり消えていった。

人々は今までの生活ではなくて、好きな仕事をしようとした。

そこに能力の差が現れ、苦しむ人達が現れた。


 「不健康」だ。


 能力の差が消えていく。美醜の感覚も曖昧になっていく。

性転換手術を受けた人は、やはり元の体に戻っていったが苦痛を忘れた。

肌の色の違いがなくなっていった。

そもそも、新たな子供というのが生まれなくなった。

例によって不妊に苦しむ人はいない。

男女の差も曖昧になっていった。それを感じ取れる機能が麻痺し、実際の体も緩やかにその中間地点を探すような姿になっていく。


 これらの変化の理由を人類は突き止められず、有効な手段は一切なく、科学者たちもどんどんその波に飲まれて個性を失っていく。


 そしてある日、世界から憎しみが消えた。

同時に愛も消えた……はずだったのだが、それは「不健康」だ。全ての人類は博愛主義になった。

そうすると「主義」という言葉も消えた。

あらゆる病気や障害も消えていく。

消えていくことで起こる全ての苦痛も消えていく。


 学校がなくなった。教師が姿を消した。

病院がなくなった。医者や看護師は姿を消した。

親を憎む子供がいなくなった。家族がこの世から消えた。


 そんなことを1000年くらい続けたら、たったの1000年で、人類は真っ白で丸っこい塊になった。


 別に白ではなくても良かっただろうが、白がおそらく「健康的」とされたのだろう。

光に近い色だからだろうか。白人至上主義者は残っていれば喜んだだろう。

けれど、そんな主義などもうこの世界にはない。


 白い塊はゆるゆると太陽の下を歩く。

一応足らしきものは辛うじてあり、手も同様に辛うじて残っていた。

それ以外はつるんとして、なんの凹凸もなく、それ以前の姿も人類はおぼえていなかった。

そうなるともう、過去の建物なんかは手入れがされるはずもなく、緑におおわれて瞬く間に廃墟になった。

他の野生動物にとって格好の食事になりそうだが、それは「不健康」……なのだろうか。

他の生物との関わりは消えた。


 なにかの意思がはっきり入り込んでいると思われたことはあったのだが、そんな主義主張は残されていない。

偏りは「不健康」だからだ。

そんな思想を持った高次の存在はきっと神でもなんでもなく、もしかすると手遊びの一環で干渉したのかもしれない。


 だから、その存在が初めて不満をもち、人類に返したものがあった。

家族だ。


 気がつくと白い塊は太陽の下で全く動かなくなっていたのだ。

有機物ではなく、無機物のように振る舞うようになっていた。

体を構成する物も、地球上の物質ではあるが、無機物の割合が高くなっていた。

人類は時を止めた。

それを高次の存在はつまらなく……いや「不健康」だと思った。


 そもそも、子供への愛というのは素晴らしいものだったのかもしれない。

全ての家族がそうではないが、愛の中でも美しいものだった。

試しに人類へ戻してみようか。

なにかよく分からぬ手段で、白い塊に動きを強制し、家族というのを取り戻させた。


 白い塊は互いに見初めた相手に愛を持つ。

そうしてある段階になると、体の一部が剥離し、それが二体分融合して、幼生のように小さな白い固まりが現れた。

その白い塊を、白い塊が拾い上げ、大切そうに抱えるのを見て、高次の存在はおそらく満足したのだろう。

干渉がパタリとなくなった。

その事に人類は気がつくはずもなく、幼生のような白い塊がある程度まで成長すると、つがいは融合して一人になった。

人類の量はそうして一定に保たれた。

融合したつがいはもう、幼生だった個体になんの反応も示さず、逆も同じだった。


 まるで見せかけの子育てが、そこら中で起きた。

その意味を理解する個体はいない。

ただ、プログラムされた愛をなぞって、そんなことを繰り返した。

「不健康」ではないだろうか、なんて、唱えるものもいなければ、高次の存在もきっと干渉をやめて飽きていたので、ただ地球上では白い不死の塊が、空っぽな家族を演じ続けていた。

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