家を飛び出したずぶ濡れの私に
私はぜぇぜぇと息を切らしながら、自宅から離れようと脚を止めることなく動かし続け、雨が降り続ける街を走っていた。
住宅が密集する路地を跳ねる水飛沫を気にする余裕もなく、抜けていく私だった。
背後から追いかけてくる父親の足音も呼び止めるような声も聴こえてはこない。
しかし、脚を止めることは出来なかった。
私の何処が気に喰わないのか、父親が反抗的だとかいちゃもんをつけ、頬をビンタしようと片手を上げたのを回避しようと玄関へと駆けた私を学校の指定通学靴に片脚を引っ掛けたタイミングで左腕の手首を掴まれた。
その際の父親が掴んできた痕が残っており、くぅっと悲痛な声が漏れる。
着替え損ねたセーラー服がどしゃ降りの雨を吸い込み、身体にはりつき、気持ち悪くなっている。
母親が自宅に居れば、父親の暴挙を母親が間に入って止めようとしてくれる。しかし、母親が留守のタイミングで私に手を上げてきた。
私には逃げるしか選択肢はない。
現在の生活は地獄としか思えない。
クズな父親であることには変わりないが、そのクズな父親が居なければ母親はおろか、私という学生が親娘二人で生きていくには生活が苦しいことは明確な事で——母親には、離婚という選択は実質的に採れないのだ。
私は地獄と思えるこの生活に、幕を下ろすために——自傷行為に及んだことが何度かある。
その度に母親に阻止され、死ねずに地獄な生活を呪詛を唱えながら生きている。
父親に暴力を振るわれ、その上通う学校で死にたくなるような過酷な虐めに遭っていたら、私の精神はズタズタで生きる気力は残っていなかったはずだ。
視界に公園が入ってきて、迷わずに公園へと入ってブランコに近付く。
ブランコに座った私は、そのまま俯いて、ブランコの鎖に掴んで雨に濡れた。
公園には雨宿りできるような東屋や屋根付きの休憩スペースは無い。
全身がずぶ濡れで気持ち悪いことに変わりないし、今さら雨を避けることは無意味に思えた。
ブランコに座ったままで雨に濡れながら俯いていた私は、20分程微動だにせずにいた。
公園のジャングルジムの側に立つ柱時計を確認せずにいた私に、背後から誰かが近づいてきた。
水溜まりを踏んでビシャッと水飛沫が跳ねた物音も開いた傘に跳ねる雨粒の物音も聴こえるが、振り向きもせずに俯いたままでいた私だった。
「……莉奈?傘も差さずにこんなとこで何してんの?」
優しい声を掛けられたと同時に、私の全身を濡らし続ける雨粒が身体に当たらなくなった。
「カケル……くん」
振り返ると、差していた傘に私を入れた多叢がいた。
「よかったら……俺ん家来る?」
開いた傘を私が濡れないように傾けながら、傘を差し出していないもう片方の手で後頭部を掻いて聴いてきた多叢。
「良いの?ありがと……カケルくん」
「あぁ。急がねぇと風邪ひくぞ。莉奈……溜め込んでることあるなら、聴くよ俺」
多叢が正面に回り込み、後頭部を掻いていた腕を差し出し、立ち上がるように促した。
照れたように顔を逸らしながらの彼に、思わず笑いが噴き出す私だった。
私は差し出された彼の手を取り、立ち上がって彼が片脚を踏み出してから歩き出した。
雨あしは弱まることはなかったが、雨に濡れ冷えきった手が多叢の手に繋がれて暖かみを感じた私だった。
私には、差し出された多叢の手が一筋の光に思えた瞬間だった。




