待つ
周囲で聴こえる雑踏の様々な喧騒に、ついため息を漏らしてしまう。
ファミレスや居酒屋、飲食店の灯りで侘しい気分も幾分マシな気がしていた。
幹の太い樹が聳える側の駅を背に設置された背もたれのあるベンチに、腰を下ろし、通行人を眺める私だった。
改札口から吐き出され、居酒屋へ脚を伸ばそうとするサラリーマンらしき集団や部活を終えた学生、塾から帰宅するのだろう学生らで駅前は賑わいを見せていた。
都会では見掛けるだろうギター一本で演奏し、歌唱するような人物は、この駅前では見掛けない。
そもそも、この駅周辺には楽器店は一店舗すら建ってはいない。
時刻は午後9時を過ぎていた。
私の眼前ではスーツに身をつつんだサラリーマンの中年男性が三人、スマホを弄るカップルらしき高校生の男女二人、クリーム色のカーディガンを羽織る皺が目立つ主婦一人がバスの停留所に並んでいた。
錆がみられる年季のはいった緑色の歩道橋を挟んだ向こうに建つ塾が入っているビルから他校の制服を着た女子高生が出てきた。
横断歩道を渡り始めた彼女が、私に気づいたようでこちらを見詰めてきた。しかし、人違いだろうと思ったらしく瞬時に視線を逸らした彼女。
横断歩道を渡り終えた彼女が、再び私に視線を移して見詰めた。
その数秒後に目を見開いて、私が腰掛けるベンチを目掛けて駆け出す女子高生だった。
彼女が私のそばに寄り眼前で脚を止め、軽薄な調子で声を掛けてきた。
「よっ、久しぶりじゃん!夙坂ぁ、元気してる?」
左手を挙げ、満面の笑みを浮かべた田崎優衣だった。
「久しぶりだね、元気そうじゃん。玩具でも見つかったの、田崎さん……」
「皮肉言うようになったんだ、貴方。あの頃はどうかしてた、私……ごめん、あんなことして」
当時では考えられない彼女のしおらしい謝罪に、私は反応が遅れた。
私がこのベンチで独りでいると、以前読んだ太宰治の『待つ』という短編が脳内を掠める。
田崎とは、再会したくはなかった。
『待ち人』は、彼女ではない。
待ち人は、彼女ではない他の存在であるのは確かである。
彼女は、悪女のままでいてほしかった。




