翳りを見せた教師
静まり返った三年三組の教室を通り過ぎようとして、白衣を羽織った教師の背中が視界に入り、駆けていた足を止める。
三年三組の教室に足を踏み入れ、黄昏れている女性教師の背中に声を掛けた私。
「セーンセっ、どうしたんですこんなところで?」
「ああ、中峯さんじゃないですか。完全下校時刻が迫ってますよ。見回りのせんせーに叱られますよ、居残っていたら。見ての通りです、黄昏れているんです」
机から腰を上げることなく、片手に缶コーヒーを持ちながらクルりと身体を回して向き直った四條原教諭が微笑み応えた。
「莉奈せんせーがどうにかしてくれたらダイジョーブですよぅ。頼りにしてますからねぇ〜わたしぃ!」
私は四條原教諭が腰掛ける隣の机に同じように腰掛けて、明るく返した。
「頼りに、ですかぁ……ズズッ、中峯さんは交際してる人はいますか?」
「……えっ?い、居ませんよ〜何です、いきなり?」
コーヒーを啜ってからの質問が普段の声音より幾分か低かった。
私は四條原教諭の顔に翳りが浮かんでいるのに気付いて、返事が一拍遅れた。彼女の圧に気圧されて、普段の明るさを纏った声が嘘臭く教室内に響いた。
「そうですか……誰かに謝るようなことがあるなら、素直に謝っておくといいですよ。いつまでも、謝る相手が居てくれる保証は、ありませんから」
「はぁ……」
私は返答に窮し、間抜けな声を漏らした。返事とも取れぬ間抜けなものがただ漏れた。
「……」
「……」
完全下校時刻が三分後に迫った刹那、黙りこくっていた四條原教諭がポツリ、
「ブラックコーヒーは、人生みたいですね」
と、コーヒーの缶を控えめに振りながら呟いた。
「どうゆう——」
「さあ、夜道に気を付けてお帰り、中峯さん。また、明日ね。さようなら」
私が、四條原教諭の顔に翳りを見たのはその日以来卒業を迎えるまで一度もなかった。
中峯柚加は、四條原莉奈が見せた一度の翳りを引っかかりながら、高校生活を終え、日常を過ごしている。
私は、この先四條原莉奈という女性と逢うことなく日常が過ぎ去るのだと思っていた。
このときまでは——。
あんな悲劇に遭遇して、——世界は一変する。
莉奈が就いた職は高校教諭です。
彼女の母校が職場となったかんじ。
教師としてのあり方に苦悩してる彼女。
苦手なコーヒーをなぜ買ったんでしょうね、彼女。
しかもブラックを、ね……
義弟らとは、この頃住んでません。




