生まれた日のソラ
はっ、と意識が戻った感覚のままに瞼を開けると、眼前には緑の草原がどこまでも広がっていた。
私は、ベッドに身体を横たわらせていなかった。
草原の盛り上がった丘に純白なワンピースを着て、脚はスニーカーやヒールなんかの履き物を履いておらず裸足で立ち尽くしている私がいた。
私だけが——いた。
カラスや鳩、小鳥や小動物や一人の人間すらいない。
存在、していなかった。
母親や四條原拓海、彼の妹、親しい友人や喪くした親友、親友の家族らといった人間の姿は、辺りを見渡しても、見つからない。
私の背後には一本の樹がそびえていた。
三メートルもないように思えるなんの変哲もない一本の樹が——何故だか、何十メートル何百メートルもある石塔にみえた。
恐れることさえないであろうなんの変哲もない一本の樹に歩み寄って、右手を伸ばし荒い樹皮を撫でる。
その行為が私の胸に秘められたナニカを刺激して放出しないのだと訴えかけられたように思えた。
髪を靡かせる風が、心地好く感じる。
荒い樹皮から右手を離し、胸元にそっとあてる。
その刹那、だらんと下げている左手を持ち上げようという気になった。
その感覚は不可解だったが、抗えないようでいたらしく、左手が持ち上がる。
私には、左手を持ち上げたという感覚は無かった。
誰かに、そう告げれば、告げられたものは首を傾げ訝しむだろう。
けれど、私には、そうとしか表現出来ない。
とにかく、左手が持ち上がり握りしめられた左拳は開き、ステンレス製の楕円形のロケットペンダントが載っていた。蓋は所々が彫られていて中身が何かは開けることもせずに分かった。
ロケットペンダントと同じ銀色のイルカの作りものが入っている。
ロケットペンダントの蓋を開け、作りもののイルカを右手で摘んで、太陽にかざすように腕を空へと伸ばした。
正面から眼を開けてられないほどの風が吹いて、顔の前に左腕を出し風を防いだ。
風は一瞬で止み、左腕を下ろし瞼を上げて眼前の景色を見ようとして、視界が暗くなった。
再び意識を取り戻した私は、四條原家の四條原莉奈の寝室のベッドに身体を横たわらせているのだった。
純白のワンピースを着ていないし、裸足ではあるが草原の葉で切った切り傷もなかった。
夢の私ではなくて、安堵した。
成長段階である未発達な幼き体躯の原澤莉奈ではなく、現在の蜜牧莉奈——や四條原莉奈の身体であることに安堵した。
父親とは呼べない男性に怯えていた日々の体躯でないことに、心底ほっとした。
あのロケットペンダントって……
夢から意識が覚醒した今も、あの風景に懐かしさを憶えている。
何故だろう……解らない——。
産まれた日……わ、たしは——。
あの日の……空は……どうだったのだろう——?




