閑話—二人のバレンタインデー
「頑張ってるね、拓海。かっこいい……義弟は、さ」
壁掛け時計の針が時を刻む音と、ノートの上をシャーペンが滑る音だけが聞こえるリビングに、私の声が重なり拓海が顔を上げる。彼が私の姿を見据えると眠そうな声で返答してから、からかわれたのだと感じたようで、「まあ、ね……からかわないでよ、ねぇさん。まだ起きてたんだ、ねぇさん。てっきり……」
「頑張ってる拓海に渡すのを忘れてたの、渡そうと思って……ここ、座っていい?」
「ふーん。邪魔にならないんだし、聞かなくても座ればいいのに。……どうぞ」
「ありがと。はい、これ……」
ダイニングチェアの背もたれに片手を据えた私は、拓海に促されてから彼の正面のダイニングチェアに腰を下ろし、お礼を述べた。
そして、羽織っていたカーディガンのポケットに忍ばせていた市販の板チョコを彼に差し出した。
「受験勉強を頑張ってる労いの糖分補給……?」
「バレンタインデー、だって今日。いくら受験生だからって、バレンタインデーを忘れる男子なんている?まあ……労いも含めた、のだけど」
「もちろん……ってか、バレンタインにチョコを渡されないで終わるかなぁって。ちょっとばかし、落ち込んでたんです。ねぇさん、普段どおりだったから」
「だ、だから忘れたってっ言ったじゃんか!去年も渡してるんだから、渡さないわけ……な、ないっ、じゃん」
私が動揺しダイニングテーブルに両手をつき叩いて腰を僅かに浮かせた。彼は驚いた表情で見据えてきた。
彼はおずおずといったふうに、「て、照れてます、ねぇさん?」、と訊いてきた。
「照れてないからっ!」
私は、彼に必死に否定を繰り返す。
ぷふっ、と母の寝室まで聞こえないような声量で吹き出す彼。
「笑うなぁー!」
「っはぁはぁ……笑うなって無理言わないでよ、ねぇさん」
「だってぇ、恥ずかしいんだもん……酷いよぉ、拓海ってば」
「ありがと、ねぇさん。おやすみなさい、ねぇさん」
「ほどほどにね、拓海。受験当日に身体壊して受けらんないってならないよう、休めるときに休むんだよ。応援してる。おやすみ、拓海」
私は労いの言葉を残し、リビングを出ていく。
「ほんとありがと、ねぇさん」
と、拓海の感謝の言葉が背中に掛けられ、右手を挙げて応じた。
拓海も、あと僅かで高校を卒業かぁ……
感慨深いなぁ……受かるといいな、拓海も。




