♣︎閑話—聴こえない音
周囲から上手い上手いと褒められ続けるのに、嫌気が差していた。
母に、友人に関心をもたれたくて、弾き始めたピアノをいつの日かやりたくないという感情に塗り潰されていた。
母にすごいね、上手ねと褒められたくて始めたピアノがいつからか遠い距離に存在するモノとなっていた。
あの頃は、夢中でピアノの鍵盤に触れて、自由に、思いのままに弾いていたというのに……
あの男子が口ずさむ曲に合わせて、ピアノで拙いなりにメロディを奏でた。
一生逢えない彼の姿が、何故か拓海と重なっていた。
刻まれずに進まないあの瞬間が、拓海と出会い動き出していた。凍てついた想い出が溶け出したかのように。
名も知らない彼が曲を口ずさみ、曲に合わせてピアノを弾いてメロディを奏でるあの刹那刹那がかけがえのない想い出だ。
拓海の父である浩平が亡くなる前に、ピアノの腕前を褒められて、私らしくもないことをした。
してしまった。
私が物心つく以前の、顔も知らない父親がしてくれたであろう最上級の愛を注ぐ行為——を恥ずかしがることなくしてくれた父親に羞恥心を抱きながらも救われたとも感じられた。父親にわしゃわしゃと頭を撫でられ、実の父親がくれた愛情のように感じた。
浩平さんに言いたいこと、伝えたいことが沢山あったのに…‥
やっと……家族として受け入れられたのだと、思ったのに……
母を置いて、母を泣かせて、先に逝っちゃうなんて……あんまりだよ、浩平さんっ……
一緒に過ごせたのは、短いけど……色んな物を与えてくれてありがとう、浩平さん。
つよい拓海には、助けられてばかりな駄目なお義姉ちゃんで申し訳ないって思ってるよ……浩平さん。拓海みたいに強くなれないよ……受け入れられた浩平さんを失ったことを受け止めきれないよ。
あのときの喪失感と較べられない……




