断罪イベントに巻き込まれた悪役令嬢は断罪返しができる子でした
よくある悪役令嬢ものです。
設定に矛盾等あるかと思いますが、お目こぼしいただけますと幸いです。
君となシリーズ1作目。
※[異世界転生/転移]日計1位、週間3位ならびに[総合]日計13位を確認いたしました。
評価、ブクマ等アクションを起こしてくださった皆様、誠にありがとうございます!!
※誤字報告を適用いたしました。
お知らせくださった方、本当にありがとうございます。
この世界が乙女ゲーム『君のとなりで2』の世界であると気がついてから13年、ついにこの日がやってきた。
「お前との婚約を破棄する!」
重厚ながらも軽快な音楽が流れる卒業記念パーティーの舞踏会会場に、その場に似つかわしくない大きな声が響き渡る。
声の主である男性の横には、涙を浮かべて今にも倒れそうな様子で撓垂れかかる女性と、後ろや横からそれを支える数人の男性の姿がある。
そう、これは乙女ゲームの定番、断罪イベントである。
当然男性の前には断罪される悪役令嬢がいるのだが、しかしそれはこの国の第一王子の婚約者でありメインの悪役令嬢である私、ルリアーナ・バールディ・ダイランドではなく、別の令嬢だった。
しかも5人。
多くない?
『気高き負け犬』
それが私につけられた二つ名だった。
私と同い歳のこの国の第一王子の5歳の誕生日パーティーで、私は初めて第一王子を目にした。
瞬間、この世界とは別の世界で生きていた女性の記憶が奔流のように脳に流れ込んできた。
その情報量に5歳の脳が耐えられず意識を失い、3日間寝込んで理解したのは、それが自分の前世であることと、この世界が前世でプレイした乙女ゲームの世界であることだった。
『君のとなりで』というタイトルのそれはよくある学園もので、貴族ばかりの学校に平民の主人公が特例で編入して王族や貴族の子息と知り合い、いつの間にか恋愛に発展するという王道ストーリーで、ここは続編『君のとなりで2』の世界。
そして私はメイン攻略キャラである王子の許嫁の悪役令嬢という、これまた小説なんかでよくある悪役令嬢転生と同じだということを理解した。
絶望した。
正直、大好きだった乙女ゲームの世界に転生したのは嬉しい。
しかし私がハマっていたのは無印の方で2ではなかった。
無印をクリアしてすぐに2が発売され、期待に満ちてプレイしたもののすぐにこれじゃない感があって、王子ルートをクリアしたところで放置して無印に戻った、忌まわしいとさえ言えるこの世界になんの因果で引き寄せられたのか。
けれど転生したものは仕方がないと諦め、私はその後ゲーム通り第一王子の婚約者となり、愛を育んできた。
なんてことがあるはずもなく。
いずれ他の女に惚れることがわかっているのに大して思い入れもない王子のために心を砕くことに意味はあるだろうか。
そんなもの、ないに決まっている。
何よりこのゲームの悪役令嬢は断罪されるものの死ぬようなことはないので、もしゲーム通りに進んだとてあまり困ることはないのだ。
だが断罪イベントなどの面倒事はご免だったので、主人公が学園に編入したのを確認し、こっそり確認したイベントの進み具合から王子が彼女を好きになったであろう頃を見計らって自分から婚約破棄を打診した。
「殿下の御心は私にはないようですので、身を引かせていただきたく存じます」
この一言のために私は『気高くも殿下の恋のために身を引いた、平民に負けた公爵令嬢』という意味で『気高い負け犬』というありがたすぎて涙も出ないような不名誉な二つ名を冠されたのだった。
さてこのゲームだが、実は物凄いヌルゲーである。
1.ある程度の好感度があれば攻略キャラの婚約者である悪役令嬢の断罪イベントが強制的に施行される。
2.その「ある程度の好感度」は意図的に下げない限り、普通にプレイしていれば確保できる。
3.断罪イベント後、対象キャラに告白されるので、イエスorノーを選ぶ。
ここまででもぬるいが、まだ妥協できる。
問題はこれだ。
4.断罪イベントの施行は1人とは限らない。
どういうことかと言えば、2つ目に上げたぬる要素が関係してくる。
『普通にプレイしていれば必要好感度が確保できる』ということは、意識しなくてもゲームを進めるだけでどのキャラとも断罪イベントが起こせるということだ。
このゲームの攻略キャラには全員婚約者がいるため、攻略可能状態のキャラがいればいるだけ断罪イベントが起きる。
つまり目当てのキャラに告白されるまでノーを選び続け、目当てのキャラの番になったらイエスを選択すれば、そのキャラとエンディングを迎えることになる。
その結果が冒頭のあれだ。
だが待ってほしい。
それはあくまでゲームでの話であって、現実では起きないと思っていた。
だって普通におかしいし。
ゲームでは複数でも仕様だしということでまあ許そう。
けれど現実となったこの世界でも同じことが起こるって、堂々と二股どころか六股してましたと宣言するようなものでは?
しかも相手は王族や貴族。
不敬罪どころの話ではない。
だから複数人の断罪イベントなど起こらないと思っていたのだ。
そう考えながら状況を見ていた私に「ルリアーナ」と呼び掛ける声が聞こえた。
それは主人公であるカロン・フラウ嬢の隣に移動してきた元婚約者からで、私は嫌な予感しかしなかったが、第一王子に逆らえるはずもなく、呼び掛けに応じた。
「お呼びでしょうか、殿下」
私は王子の前で臣下の礼を執り、その場に跪く。
学園内で身分や貴賎は問わず皆が平等とされているが、卒業記念パーティーで王族に対するのだからこれで間違ってはいない。
その証左に周りの人々から感嘆と賞賛の言葉が呟かれるのが聞こえる。
しかし王子は意に介した様子も見せず、私に告げた。
「ルリアーナ、お前はここにいるカロンに対し、そこの女共と同じく嫌がらせをしていたようだな」
……………は?
「何を」
「先ほどカロンから聞いた。随分酷い目に遭わされたと」
言葉の意味を問い返そうとする私に、王子は聞く意味がないと言わんばかりに言葉を遮り、一方的に捲し立てる。
「平民という弱い立場の彼女は誰にも言うことができなかったようだが、このままでは自分と同じような思いをする者が増えるのではないかと懸念して、勇気を出して伝えてくれたのだ」
演出過剰に握りしめた手を胸の前で震わせる王子。
それは私が唯一見たルリアーナの断罪イベントの始まりと同じだった。
「この学園にそのような心根の者が複数おり、あまつさえその中の1人が元婚約者だとは、実に嘆かわしいことだ」
王子は握りしめていた手を開き額に当てると、目を閉じて天を仰ぐように顔を上に向ける。
様にはなっているのだろうが、ナルシスト感漂う気障さに吐き気を覚えた。
「よって今後二度とこのようなことが起きぬよう、お前たちは厳罰に処することに決めた」
言い終えると額の手を私に突きつけ、決めポーズ。
はい、断罪スチルいただきましたー、いらねー。
「数日内に各自に通達するが、それまでは大人しく屋敷にて沙汰を待て」
適当に話を聞き流しながら王子の行動を観察していたが、最後に片手を腰に手を当て、偉そうに胸を反らす様を見て、私の中で何かが切れた。
血管でも堪忍袋の緒でもない。
それは反論を封じていた私の口を閉じる紐だ。
「恐れながら殿下、発言をお許しくださいますか?」
未だに床に跪く体勢の臣下の礼を執っていた私はそのまま王子に声をかける。
静かなその様子をどう見たのか、王子は一瞬気圧されたように身を引くと、気を取り直すように「許す」と言ってから腕を組んで私を見下ろした。
私からすれば不安を虚勢で隠そうとしているとしか思えない態度だが、周囲からは「おい、令嬢をいつまで跪かせているつもりなんだ?」「卒業とは言っても正式にはまだ学生ですのに、あんまりではございません?」などの言葉が囁かれ始め、その事にようやく気づいた王子は慌てて「いつも通りで構わない」と対等での対話を許可する。
「ありがとうございます」
では、と私は言葉通り立ち上がると、持っていた扇を開き、口元にあててから反撃に出た。
「初めに確認なのですが、殿下や皆様は当然彼女の告発について、事実確認をしていらっしゃるのですよね?」
今や注目の的となり、会場中が耳を澄ませる中で発せられたその言葉に、たじろいだのは王子や他の攻略キャラ達だった。
「これだけの方たちの前で訴えたのだもの、私やこちらの皆様がフラウ様を害したという客観的証言や証拠は、もちろんあるんですのよねぇ?」
「客観的な…?」
その言葉が何を指すのかわからないかのように、王子はただ鸚鵡返しに私の言葉を繰り返す。
「ええ。まさかとは思いますが、彼女の訴えだけでそれを真実だと思い込み、私達を悪者だと決めつけて先ほどのようなことをおっしゃっていた、なんてことはございませんでしょう?国民を平等に裁く立場にある王族がそのような稚拙なことはなさらないはずですから」
「な!?稚拙だと?」
「稚拙でなければ愚かですわ。証拠もなしに私達を悪だと。よくも言えたものですわね」
じろりとカロンに目をやり、私は挑発的に見えるよう意図的に目を眇めた。
対する彼女はその視線に怯えたように肩を震わせる。
正直言って、この主人公のやり方が嫌いだったから私は2にハマれなかった。
はっきりいってこいつは屑だ。
ヒロインと悪役令嬢が逆だと散々ネットでも叩かれていたほどの。
だから事前に最悪の事態が避けられるように私は入念に準備をして、今日ここに立っている。
つまり本来、私は断罪イベントには登場しないはずだった。
カロンの性格を考えればもしかしたら多少の被害は被るかと思っていたが、こんなにはっきり私にまで害を及ぼすなら許さない。
断罪返し、させていただきます。
「証拠ならあります!」
そう言って手を挙げたのは、先ほどまで立ってもいられないほどの精神的ダメージを受けていたはずのカロンだった。
「あら、だいぶ具合が良くなられたようで何よりですわ」
出鼻を挫くようににっこり笑ってその事を指摘するとハッとしたようだが、あとで誤魔化せるとでも思ったのか、彼女は構わず私に食ってかかる。
「さっきトイレで、私が着けていた殿下からプレゼントしてもらった髪飾りを分不相応だって取り上げましたよね!?その飾りがあなたの鞄の中にあるはずです!」
「なに!?だから身に着けていなかったのか!」
「そうなんです。ちゃんと着けてたんですけど、庶民に高価な宝石は相応しくないって言われて…」
カロンは再び涙を浮かべ、同情を誘うように王子を見上げた。
「証拠があったな!全く、よくもぬけぬけと」
キッと私を睨み、カロンの肩を抱きながら「私がついているのだから安心して任せていろ」と囁く王子に、カロンは頬を染めて礼を言う。
「はぁ。殿下ってそんなに馬鹿でしたっけ?早めに婚約破棄しておいてよかったわ」
けれど私はその様子にため息しか出ず、それを隠そうと思わず本音を口にしてしまった。
もちろんわざとだが。
「なんだと!?」
その挑発に簡単に乗ってしまう王子を扇の陰から見下し、わかりやすく説明をする。
「まず、今フラウ様が言った証拠は、彼女しか目撃者がおらず、客観的なものではない」
先ほど客観的な証拠を出せと言ったのにカロンが出してきた証拠には第三者の存在がないのだから、証拠の提示としては不十分である。
「そんなこと」
ないと言おうとでもしたのだろうが、私はそれを不敬と知りつつ遮った。
「ひとつ、私は今日はずっと客員席で先生方とお話ししていましたし、一度だけ化粧室へ行った際には、入った時にフォーミュラ様と、出る時にはカーマイン様とご挨拶いたしました。フラウ様とはお会いしておりません」
「なに…?」
王子は面食らったように目を丸くすると、ちらりとカロンを見る。
それに気がつかない彼女は顔を歪め、王子と接していない側のスカートを皺ができるほど握りしめていた。
「ふたつ、フラウ様がおっしゃっている鞄というのは恐らくこの手提げではなく、クロークに預けている方でしょう。今日は頂き物が多いので持って参りましたが、この会場に来てから今まで、私はクロークから鞄を出しておりません」
これはクローク係に確認を取ればすぐにわかることであるので、十分な証拠になる。
王子もそう思ったのであろう、さらに目を見開いて私を凝視した。
「そんなの、忍び込めばいいだけじゃない!」
その横でカロンはそんなのは証拠にならないとでも言うように声を張り上げた。
私はカロンに視線を移し、扇の影で嘲るような笑みを浮かべながら彼女に令嬢の常識を教えてあげる。
「普通、貴族の令嬢はクロークの造りなどわかりませんし、忍び込むだなんてはしたない事は矜持が邪魔をしてできませんわ」
高位貴族である私がたかが平民のカロンを貶めるために恥をかいてまでそんなコソ泥のような真似をするわけがない。
今の言葉にそういう意味が込められていることくらいは察せたのだろう。
カロンは屈辱のためか、顔を真っ赤にして私を睨みつけた。
そこには最早いじめられていた可哀想な少女の姿はなく、私の目の前にはただひたすらに策に溺れた哀れな小娘が馬鹿な男と並んで立っている光景しかない。
「そしてみっつ目。フラウ様のお髪には髪飾りを取ったような不自然な跡が見受けられませんが、どこにどのように着けていらっしゃったのか、ご説明願えますか?」
「…っ!!?」
言うと同時に扇を閉じ、それで指した頭をカロンは両手で押さえる。
それは見られることを恐れての動作だと、その場にいる全ての人間に伝わった。
第一「取り上げられた髪飾りが鞄の中にある」と断言できる時点でおかしいのだ。
そしてその時会場に呼び出されたクローク係が到着したことで、彼女は膝から崩れ、その場に座り込んだ。
けれど周りにいる誰も、自分に任せろと言った王子ですらも彼女に手を差し伸べはしなかった。
「さて殿下。この騒ぎは一体何だったのでしょうか?」
カロンを見つめて呆然としている王子に、私は再び言葉を掛ける。
それに肩をびくりと振るわせて、しかしこちらを見ようともしない王子。
流石に自分のしたことの愚かさに気がついたのだろう。
気まずい沈黙が会場に流れる。
「殿下、疑いは晴れたようですし、私はもう下がってもよろしいでしょうか」
私はとりあえずこの場を収めようと辞去の言葉を述べた。
けれどその許可が発せられる前に言葉を被せてきたもう一人の馬鹿が現れた。
「ダイランド嬢のことに関してはカロンの勘違いだったのだろう。だが、こいつらは別だろう!?」
そう声を上げたのはカロンの後ろにいた騎士団長の息子であるフィージャ・ボガードだった。
恋は盲目とは言うが、あれを勘違いで済まそうというのは無理がある。
周りの目も如実に「お前頭大丈夫か」と言っているが、彼には届いていなさそうだ。
それよりも、彼が言った『こいつら』とは当然私以外の5人の令嬢のことだろう。
本人たちもそうと気づいていて肩を震わせていたが、気丈にも彼女らは寄り添うように立っていた。
しかし言うに事欠いて令嬢を『こいつら』呼ばわりとは嘆かわしい。
どうせついでだし、こいつもやっとこう。
「ボガード様、まさかとは思いますが、今こちらの皆様を『こいつら』とおっしゃいました?」
双方を見比べてそう考えた私は改めて扇を開き、顔に当てて彼を見た。
「誇り高き我が国の騎士団長のご子息が、理由はどうあれ令嬢方をそのように扱うなど、騎士道どころか貴族として、いえ、人として恥ずかしくはございませんの?」
「なっ!?」
先制の私の言葉にボガードはたじろぐが、私は攻撃の手を緩めない。
「それに彼女たちの罪もまだ確定しておりませんよね?先ほどのフラウ様の行いを見て勘違いだと言える程度の知能しかないあなたには理解できないかもしれませんが、彼女たちは冤罪である可能性の方がはるかに高いのですよ」
あえて馬鹿にするように挑発すると、数秒間を置いてから漸く気がついたのか、ボガードは顔を茹で上がらせると狙い通り私に食って掛かってきた。
「なんだと!この俺を侮辱したな!」
既に騎士団の訓練に加わっているボガードは体も大きければ声も大きい。
激昂して怒鳴り散らすそれに眉を顰め、不快であると意思表示しながら私は言う。
「侮辱?真実を述べることが侮辱であるならば、それはただ単にあなたの能力が足りていないだけのことでしょう?」
「なんだと!?」
「実際足りていないでしょう。あれを見てどうして勘違いで済ませられます?どう見ても私を陥れようとしていたではありませんか。であるならばこちらの皆様も同じように陥れられようとしていたのだとは考えつきませんか?」
「俺はそんなねじくれた考え方などしない!それに心優しいカロンが人を陥れるなどあるわけがないだろう!」
恐らくこの男は何も考えないで言葉を発しているのだろう。
私の言葉に反射で返しているとしか思えない速度で紡がれるその言葉には理論も何もない。
「現に今、私はありもしない罪で訴えられたばかりですが」
何の意味もないと知りながら、それでもこの馬鹿男は何と返すのだろうという多少の興味と、この男の浅はかさを全員に知らしめるという目的のために私は再度問う。
「だからそれは勘違いだろう?」
ふんと息を吐き、さっきからそう言っているだろうと、むしろこちらを馬鹿にしたようにボガードは答えた。
やはりこいつは何も考えていない馬鹿だ。
その瞬間、同じ結論に達した周囲の至る所からため息が聞こえた。
「な、なんだよ?」
会場にいた多くの人が堪え切れなかったため息の数は多く、集まったその音はボガードにも届いたようで、彼は思いもよらなかった反応に戸惑いを見せる。
「今のため息がなんなのか、本当におわかりになりませんか?」
いっそ哀れに思えてきて、私は呆れながらではあるが少し口調を弱めて言う。
気分は小学校の先生だ。
「彼女はクロークに保管していた私の鞄に自分の髪飾りを入れて、まるで私が取り上げたかのようにこの場で殿下に訴えたのです。この場で一番権力を持っている上に自分への好意から盲目的に信じると確信できる利用しやすい殿下に」
「うぐっ」
ついさっきまで物言わぬ彫像と化していた王子から、自分の過ちを抉られる指摘をされたことによる羞恥と苦悶が入り混じった呻きが聞こえてきたが、構っていられないので無視である。
「髪飾りがなくなり、それを私が偶然見つけて鞄に入れていたが、事情を知らない第三者が私がフラウ様から取り上げたものだと思った、というのであるならばそれは勘違いと言える状況でしょう。しかし今回は明らかに違いました」
周囲も私の言葉に何度も頷き、それが間違っていないことをボガードに教える。
「というか、ここまで言ってまだあなたは勘違いだったとおっしゃるのですか?」
「いや…」
流石にバツが悪いのか、ボガードはぐしゃりと己の髪を掴み、なんとか納得しようとしていた。
その態度に少しではあるが溜飲が下がった私は、今度は5人の冤罪について話し始めた。
「ご納得いただけたようでなによりですわ。そして本題ですが、フラウ様はこちらにいる5人の令嬢に対しても、私にしたのと同じように冤罪をかけたと思われます」
「……それは、また話が違うのではないか?確かにおま、貴女に対してはその様にしたかもしれないが、彼女たちに対してもそうだったとは限らないだろう」
今までとは違い、少し考える素振りを見せてからの言葉に、私は彼の進歩を評してお前と言いかけていたことを水に流すことにした。
「ええ、何も知らなければそうでしょうね。しかし私はそれが事実無根の冤罪であることを知っているのです。でなければ私は彼女たちを庇おうとは思いませんでした」
そう言って顔の前に広げていた扇を閉じた私は種明かしをするべく、ボガード以外の人たちにも訴えかけるように声を大きくした。
「彼女たちは無実です!」
そう、私は知っている。
これが冤罪であることを。
なぜなら、それがこのゲームのヒロインのやり口だから。
そして私がこのシリーズにハマれなかった最大の原因だから。
「私は以前からフラウ様の行動に疑問を持っていました。いくら物を知らぬ平民とはいえ、正式な婚約者がおられる殿下に対して明らかにマナー違反となるような行動をなさったり、自分こそが婚約者であるとでも言わんばかりの行動をなさったりしていたからです。まあ、本来それを窘めるべき殿下が容認していたのですから、誰も苦言を呈することができなかったのですけれど」
「うぅっ…」
またしても王子から呻き声が聞こえたが、ちらりと視線をやるだけで放置する。
「そしてふと、そんな行動を取る人間は今後どういう行動に出るだろうと考えたのです。いくら殿下に目をかけていただこうとも、越えられない身分の壁がある。ではそれを越えるためには?」
「…まさか」
私の言葉に、ボガードの後ろにいた私の親戚でもあるローグ・デル・メランドが小さく呟く。
「ローグにはわかったかしら?そう、殿下が自分を選ぶと確信していても自分よりも高位の相手、つまり私が邪魔になる。このままではどう足掻いても自分は殿下と結ばれることはない。けれど相手が越えられないほど高い所にいるのなら、自分がいる所まで、さらにはそこよりもさらに下に降ろせば殿下の覚えめでたい自分が選ばれるはずと、そう考えるのではないかと思い至りました」
言いながらカロンはどんな反応をするだろうと思いそちらを見たが、彼女はまだ俯いたままだったので顔を見ることは出来なかった。
「ですので実行に移される前に私は自ら殿下の婚約者という地位から降りることで己が身を守ったのです」
私の言葉に呼応するかのように「なんと」「そうでしたの」と驚く周囲の声が届く。
向かい合う攻略対象者たちからは驚愕に開かれた目が私に向けられた。
実際にゲームでその場面を見たのだ。
「婚約者に近づくな」と忠告しただけの私を先ほどの方法で陥れ、さも普段からいじめられていたかのようにふるまう様を。
カロン・フラウ。
この女は陥れ系ヒロインと言われるほど、汚い手を使ってライバルを蹴落とす悪役令嬢以上に悪どいヒロインなのだ。
「そしてさらにフラウ様が周りに侍らせる男性を増やす都度、その男性の婚約者に私の考えをお伝えいたしました」
クリアしたのは王子ルートのみだったが、他のルートも変わらないというのはレビューサイトで見て知っていた。
だから私はそちらも阻止すべく動いていた。
なにせカロンに注意するよう伝えないと何の罪もない彼女たちが酷い目に遭うとわかっているのだ。
敵であるカロンの敵の彼女たちは味方、というわけではないが、同じ被害者なのだから助けられるなら助けたい。
ゲームでは無理でも、現実となった今ならそれができると思ったから。
「本当です」
「レイシー?」
「ルリアーナ様はご自分と同じ状況に立たされた私たちを思ってくださって、私たちに助言をくださいました」
新たに追加された声は5人の令嬢の内の1人、ボガードの婚約者であったレイシー・ヴァネスのもので、彼女は震える体を他の4人に支えられながら、それでも必死に言葉を紡ぐ。
「私たちがフラウ様になにかをすれば、いずれそれを理由に私たちを悪とするかもしれない。それが嫉妬故でなくとも、周囲からはそうと理解されないこともあるのだから、不必要に近づくべきではない」
「そして婚約者の行動に口を出すべきではない。本人たちが望んで愚かなことをしているのだから、させたいようにさせて、後々自分の行いを顧みた時に地獄を見せればいい」
「私たちはただそれを高みから見ているだけでいい」
「そしてできるならば、婚約を破棄する準備を整えておく」
5人の令嬢が代わる代わる私が教えた言葉を口にする。
その内容に王子以外の攻略対象者たちが決まり悪げに目を逸らす。
まるで自分のしてきた行いからも目を背けるように。
「ちょっと待ってくれルリアーナ、何故貴女はそんなにも的確な指示ができたんだ?」
いち早く立ち直ったローグが私にそう尋ねたのは当然といえば当然だろう。
私の行動はあまりにも手回しが良すぎるのだから。
もちろん私が前世を思い出していたからできたことではあるが、それを知らなければ私がしたことは相当奇異に映るだろう。
だからちゃんと言い訳を用意しておいた。
「ローグ、貴方は今の状況を見て、何も思わなかったのですか?」
開いた扇の陰からローグを見ながら、私は他の攻略対象者たちへも向けて言葉を発する。
「貴方たち6人がフラウ様と過ごしたいというのなら止めません。お好きになさったらいいですわ」
ただし、
「学生でいるうちは、という条件が付きますが」
その言葉にハッとしたのはローグだけだった。
「卒業したら、フラウ様は殿下とご結婚なされるのでしょうか。すでに婚約を破棄した私としては心からのお祝いを述べさせていただきますが、さて、では残された他の5人の皆様はどうなさるのでしょうか。まさか王太子妃、いずれは王妃になられる方と今のような関係でいられると?」
そこまで言って初めて他の4人にも動揺が走った。
「それとも卒業したら今までのことは全てなかったことにして、婚約者の皆様と結婚して家督を継ごうと?ほんと、おめでたい頭で羨ましい限りですわ」
ふふっと小さく笑った後、私はパシリと大きく音を立てて扇を閉じると笑みを消した。
「彼女たちを侮るにもほどがあります」
私の言葉に、彼らは再び目を逸らした。
「フラウ様が貴方たち6人全員と一緒にいられる未来なんかないと、ほんの少しでも考えていればわかることです。それに思い至らず婚約者をないがしろにし続けた貴方たちを、彼女たちは、彼女たちの家族は、周囲の人間は、一体どのような感情で見るのでしょうね」
今後、その目に苛まれ続けながら、それでも彼らは彼女たちに許しを請うのだろうか。
それはそれはお笑い草として後世に語り継がれることだろう。
正直それを見てみたい気もするが、やはり彼女たちを最優先に考えれば、その道は選べない。
「貴方たちは彼女たちから婚約を破棄された後、どうするのでしょうね。こんなにも大勢の前で今回のことが知られてしまったのでは、新たな婚約者を探すのも一苦労でしょう。ご愁傷様ですこと」
私はそう言うと5人の令嬢を振り返り、にっこりと微笑む。
「では皆様、茶番も終わったことですし、あちらで今後についてお話ししましょうか」
ほほほと控えめに笑う私に、
「「「「「はい、ルリアーナお姉様!!!」」」」」
と声を揃えて返事をする彼女たちを従えて、私たちは攻略対象者たちの前から立ち去った。
この後、ボガードをはじめとした4人の攻略対象者たちは婚約を破棄され、家督相続権を失い、生涯交流を続けながら細々と暮らしたという。
唯一「ルリアーナお姉様の親戚になる機会を手放すわけがないではありませんか!」と宣ったローグの婚約者であるミーシア・ナバールだけが婚約を解消せず、そのままローグと結婚した。
しかも夫婦仲はさほど悪くなく、家督を継げなかったものの、終生穏やかに過ごしたそうだ。
そして王子とカロンは、結局結婚どころか婚約もすることはなかった。
すぐに王子の廃嫡が決まったからだ。
彼は「国防を担うことで人間性を磨け」との国王の最後の温情ともいえる言葉を実行し、生涯を国境守護騎士団に捧げた。
そのため評価は回復したが、中央に戻ることは叶わず、また本人もそれを望まなかった。
ただ、死の間際に「俺は愛する者を間違えた」と涙したという話だけが中央にも伝わってきた。
そしてカロンは王子を謀り、公爵令嬢を奸計にかけたとして処刑された。
え?このゲームって悪役令嬢でも処刑されないんだけど、罪重くない?と思っていたが、思いの外王子の婚約者である私を気に入ってくれていた国王夫妻が決めたそうだ。
王子と婚約破棄となったせいで私が王家に嫁がなくなったことが逆鱗に触れたらしい。
だが結局私を諦められなかった国王夫妻のゴリ押しで、5歳年下の第二王子と婚約することが決まってしまい、そのまま嫁ぐこととなった。
第二王子にも婚約者がいたはずだと断ろうとしたのだが、第二王子より6歳年下だったその婚約者は、彼女より2歳年下の第三王子の婚約者になることで落ち着いたらしい。
「…王子がいっぱいいてよかったですね」と鈍い痛みを感じる頭を押さえながら言った私に「こんなこともあろうかと思って」と言って笑った王妃様に恐怖を覚えたのは内緒だ。
さらに「よかった、僕本当はルリアーナお姉様としか結婚する気がなかったんだよね。どうやって兄様を排除しようかずーっと考えてたんだ」と言った第二王子や「嫁ぐ先が王家であれば第二だろうと第三だろうと王子には変わりありませんから問題ありませんわ。むしろ年下になった今なら、私好みに育っていただけそうです。他の女のことしか考えていないような方なんて御免でしたし」と言った第三王子の婚約者となった令嬢にも薄ら寒いものを感じた。
生粋の貴族は幼くても恐ろしい。
断罪回避に成功し、罪なき令嬢を救えたのはよかったが、果たして私の人生的にはどうなのだろうか。
腹黒い王家関係者に囲まれた私に逃げ場などないが、せめて第三王子が素直に育ってくれ、私の唯一の癒しになってくれることを願うばかりだ。
読了ありがとうございました。