幼馴染みはBLゲームの主人公です
勢いで更新しました。後悔はしない。
男の娘BL主人公ってどうなのかしらと、気になったんです。
母親の三面鏡の前に立つのは、西洋人形みたいに可愛い女の子。
柔らかな栗色の髪に大きなリボンを付けて、フリルがふんだんに使われたピアノの発表会用に買ってもらったピンク色のドレスを着た美少女は、ぱっちり二重の色素の薄い緑がかった大きい瞳に涙をいっぱい溜めてじっと見上げてくる。
色白な肌が羞恥でほんのりピンク色に染まり、陽奈子は心臓がドキリと跳ねた。
こんな可愛いのに色気を感じさせる表情、少女への性的嗜好を持つ人が見たら涎ものだと思う。
「やだよぅ、恥ずかしいよ」
ドレスの腰回りに付いたリボンを握りしめ、モジモジする総ちゃんが可愛いらし過ぎて陽奈子は身悶える。
「何これめっちゃ可愛い」
今まで自分はノーマルで、可愛い少年を苛める嗜好は無かったけれど、こんな可愛い姿を見たらもっともっと苛めたくなってしまうじゃないか。
次はどんなことをして苛めてやろうか。可愛い服を着せて一緒に出掛ける? スーパーの女子トイレに一緒に入るのはどうだろう。
鼻息を荒くした陽奈子は、そこまで考えてハッと気付いた。
「うん? 可愛い少年?」
少年、少年って何だ。泣きべそ顔で見詰めてくるのは、どこから見ても可愛い美少女じゃないか。
「陽奈ちゃん、もぉ許して」
大きな瞳に溜まった涙はついに決壊して、ポロリと零れ薔薇色の頬を滑り落ちた。
泣かしてしまったこの可愛い子は、総ちゃん。そして陽菜ちゃんと呼ばれた自分の名前は陽奈ちゃん、鈴木陽奈子。
「総ちゃん。あれ? 私は、陽奈子……?」
バラバラになったパズルのピースがしっかりはまり、陽奈子の頭の中である記憶が甦り弾ける。
「ぎゃー!?」
弾けた記憶は巨大な渦となり陽菜子を飲み込む。
記憶の洪水に襲われて、女子とは思えない野太い悲鳴を上げてしまった。
「ひ、陽奈ちゃんっ?」
意地悪な顔でニヤケていたのに、急に豹変して恐怖で絶叫し出した陽奈子に、驚きのあまり涙が止まってしまった総ちゃんはおろおろと狼狽える。
「可愛い総ちゃんは嫌ぁー!!」
二度絶叫した陽奈子は、そのまま後ろへひっくり返って意識を失った。
白目を剥いてひっくり返った姿は、確実に総ちゃんのトラウマとなることだろう。
だが、この時の陽奈子には彼を気遣う余裕なんて全く無かった。
可愛い美少女となった幼馴染みの総ちゃんを見て、脳裏に甦った記憶は所謂前世の記憶というやつだ。
前世、としか説明しようがない記憶の中に出てくるは陽奈子平凡な容姿をした女子大学生。
前世はどうやって人生の幕を閉じたのかは分からないけれど、ゲーム会社に勤めている姉に頼まれた陽奈子はあるゲームの試作品をやっていた。
ゲームは試作品のためタイトルはまだ決まってなかったが、女装が趣味の高校生の男の娘が主人公で、内容はとある高校を舞台に麗しき教師や先輩、同級生や後輩を攻略していきイチャコラするBLアプリゲームだったと思う。
男の娘のBLとか、どこのジャンルの人がやるんだよと思いつつ、姉のために淡々とプレイしていった。
そのBLゲームの主人公、男の娘は色白でつぶらな瞳が可愛くて「こりゃ男でも惚れるな」と素直に頷いてしまう容姿。
その主人公の男の娘は、まさかの幼馴染みの総ちゃんこと、総一郎君。
そして陽奈子は、幼馴染みの総一郎を苛め倒した上に無理矢理女装をさせて、女装趣味に目覚めさせてしまうとんでもない悪役女子。
ゲーム内でも主人公の恋路を邪魔して苛めまくり、最後は主人公に攻略されたヒーローに断罪されて高校を退学させられちゃう悪役女子、鈴木陽奈子だったのだ。
倒れて高熱を出した後、甦った記憶の情報量を処理しきれずに高熱を出した陽奈子は、どうにか悪役女子になる未来を回避しようと思考を巡らす。
主人公に関わらないのが一番なのだが、家が隣だし仕事が忙しい総一郎の両親に頼まれて学校後は、我が家で一緒に過ごすことが多いため関わらないのは無理だ。
関わらないのが無理ならば、総一郎が男の娘になるのを阻止するしかない。
幸いにも総一郎はまだ八歳である。母親がフランス人の幼い総一郎は美少女にしか見えないが、今からガッツリ鍛えれば男らしくなれるんじゃないか。
ついでに陽奈子も心身ともに鍛えれば、悪役女子になんかならず普通の女子として過ごせるはずだ。
麗しき攻略対象キャラと恋仲になるとか全く興味ないし、男の娘になるのを阻止した結果、総一郎がBLに目覚めたいなら止めやしない。
せめて外見だけでも男らしくなってくれれば、破滅フラグは折れるのではないか。悪役女子にはなりたくないし、高校退学苛めっ子として訴えられて家族は引っ越し陽奈子は見限られ一人ぼっちになるという、悲しい未来は阻止しなければならない。
こうして前世の記憶が甦った八歳の時から、破滅フラグをへし折るための戦いが始まったのだった。
***
至近距離から漂うチョコレートの甘い匂いに、机に向かって課題を解いている陽奈子の集中力は何度も遮断される。
よりによって持ち込んだのはチョコレートか。しかも個包装がいっぱい入っている徳用大袋。
甘党の自分を誘惑する物を持ってやって来るとは、絶対に彼は勉強の邪魔をする気満々で来たんだろう。
ギロリと振り向いて睨んでも、勝手に人のお気に入りのソファーベッドにうつ伏せに寝転んでチョコレートをかじっている憎き幼馴染み。佐藤総一郎はイライラオーラに気付いているだろうはずなのに、何処吹く風といった様子で漫画を読んでいる。
勉強机にソファーベッドに漫画がギッシリ詰まった本棚と、ぬいぐるみとか可愛らしい物が皆無な面白味も無い自室だけど、毎週少年週刊誌の発売日には決まって幼馴染みは週刊誌目当てにやって来るのだ。
我が家とお隣さん、佐藤家の総ちゃんこと総一郎の部屋と陽奈子の部屋は向かい合わせ。
お互いの部屋の窓から窓の距離はほんの40センチくらい。
そのため、物心つく前から総一郎は用がある度に窓を叩いて合図をする。
迷惑きわまりないことに、暇な時は今みたいに窓から陽奈子の部屋へ遊びに来るのだ。
玄関から来いと何度も言っているのに、彼は玄関からやって来るのは滅多に無い。
無視して窓を開けないと、物を投げて窓を割りかねないから仕方なく部屋に入れてやっている。
前世の記憶が甦った幼い頃から、総一郎が女装趣味の男の娘にならないように鍛練に付き合い頑張った結果、彼は「女装なにそれ美味しいの」と鼻で笑えるくらいの立派な青年になっていた。
八歳の時から始めた剣道は全国大会上位に入るまで上達し、ゲームスチルでは手足は細く身長も低かった女の子みたかった体つきは、鍛え続けたおかげで引き締まり、背も陽奈子より頭一つ以上高い。
サラサラの栗色の髪と色素の薄い緑がかった瞳、甘めの整った顔立ちはそのまま、まさに総一郎の外見は女の子憧れの王子様そのもの。
対する鈴木陽奈子は、地味系女子まっしぐらに育った。
ゲームの陽奈子は、吊り目で綺麗だけどキツイタイプのずる賢い女子。
総一郎を目の敵にして苛めたのは、好きな男の子をことごとく彼に奪われたためで、ゲームをプレイしていた時は「そりゃ嫌いになるよな」と陽奈子に同情したものだ。
中身が“陽奈子”の残念陽奈子は、悪役女子にならないことに重点を置いて生きてきたため好きになる男の子も出来ず、総一郎に好きな男の子を奪われることもなく周囲と彼とは波風立つこと無く日々を過ごしていた。
男の娘から爽やか剣道男子へと成長した総一郎とは、兄弟みたいにアニメや漫画の幼馴染みの二人のような、仲良しな関係となれている。
ただし、アニメや漫画と違うのは総一郎は男女ともにモテモテイケメン超リア充で、陽奈子は地味女子の非リア充だという事。そしてお互い特別な感情は抱いて無いという事。
家が隣で幼馴染み、その上学校まで同じとか乙女なら『これって運命!?』とか勘違いしそうだが、二人の間には特に恋に発展する出来度は何も無い。
仲良しでも、まだ高校生のうちは油断はできない。
中学校までは仕方がないとはいえ、高校は被らないように総一郎が受験しそうな高校は避けていたのに、両親や教師の勧めで受験した高校を彼も受験していたのだ。
しかも、入学前オリエンテーションには攻略対象キャラのバスケット部爽やか同級生がいて、陽奈子は気が付いた。
回避したと思っていたのに回避出来ていない。
これがゲームの強制力ってやつなのかと。怖すぎる。
目立つのは陽奈子にとっては破滅フラグ。
以降、なるべく目立たないように陰キャラを演じている。
だて眼鏡をかけようとしたら総一郎に止められたけれど、学校生活は目立たず控え目にしているつもりだ。
学校では、総一郎と一緒にいるのは目立つから構うなと何度も頼んでいるのに、彼は部活ない日は一緒に登校をしようとする。
勘違いした女子達はとても怖いし誤解を解くのは大変だと、訴えても全く聞いてくれない。
外面の良い総一郎の裏の顔を知っているから、彼と恋人関係になるとか想像しただけで吐きそうになるくらい身体が拒否反応を表すのに、こちらの都合はお構い無しに絡んで来る。
(もぉ! 人の部屋で寝転んでお菓子食うなよ)
内心大きな溜め息を吐いた時、漫画を読んでいた総一郎が顔を上げた。
そのタイミングの良さに、一瞬だけ重なった視線を陽奈子は慌てて逸らす。
「ねえ、さっきから何? 課題やらなきゃ杉山先生に怒られるんじゃないの? あの人女子だろうと容赦ないよ。鬼畜だから」
「鬼畜、総ちゃんが言うか? その言葉。総ちゃんがチョコレート食べているから悪い。一個ちょーだいよ」
ぎしり、椅子の肘掛けに両手を置いて立ち上がりかけた陽奈子を見ながら、総一郎は意地の悪い笑みを浮かべる。
「やだ」
キッパリと言い、見せびらかしながら彼はチョコレートを一粒自分の口に放り込む。
カリッ、チョコレートの中にあるアーモンドを音をたてて噛む意地悪っぷり。
アーモンドチョコが好きなのを知っていてのこの仕打ちに、自称温和な陽奈子も心が穏やかでは無くなる。
「杉山先生に叱られたら総ちゃんのせいだ」
言いながら、眉間に皺が寄るっているのが自分でも分かった。
滅多に怒らない陽奈子の苛立ちに気付いたのか、総一郎は漫画を開いたまま表紙と裏表紙を表にしてベットに置き、上半身を起こした。
見開いたまま置いたら雑誌が読みにくくなる。文句を言おうと口を開いた時、総一郎は立ち上がった。
「集中力が無いせいじゃないの? そういや、前も課題出し忘れて遠藤先生の手伝いしなきゃならないーって言っていたけど、あの時も悲壮感が全く感じられなかったよね」
「悲壮感? そんなのあるわけないじゃん。カッコイイ先生に叱られたら恐いより嬉しいし! 鬼でも、杉山先生に至近距離で叱責されるなんて、私にとったらむしろご褒美!」
一気に言い放てば、何故か総一郎は呆れ混じりの溜め息を吐いて横を向いてしまった。
「君って……ああいうのがタイプだっけ?」
いきなりの問いに、陽奈子は「コイツ何を言っているんだ?」ときょとんとしてしまった。
「えー? タイプ? 先生相手に付き合いたいとか恋愛感情があるわけないじゃん。妄想のオカズには、イケメンの大人の男が一番なんだよー」
「大人の男ねぇ」
「総ちゃん?」
呆れた声なのに総一郎の表情は真顔のまま。
「どうしたの?」と声をかける前に、何時も通りの“総ちゃん”の表情に戻った。
「君が妄想癖のある馬鹿だって知っていたけど、ここまで来ると本物の馬鹿なんだね。アイツら見て妄想とかキモイ」
「馬鹿でキモくていーもん。馬鹿だから遠藤先生の手伝いをやれるし、杉山先生から課題出されて名前と顔を覚えてもらえるんだよ~」
杉山先生と遠藤先生はBLゲームでは攻略対象キャラだ。二人とも若くて美形なだけあって、女子生徒からの人気は高い。
課題を出し忘れた罰で倉庫の手伝いを頑張った甲斐があり、遠藤先生に廊下や職員室で顔を合わせた時に声をかけられる様になったのだ。
男女問わず恐れられている杉山先生にも顔と名前を覚えられて、職員室や教材準備室への荷物運びの手伝いに呼ばれる様になったのは嬉しい。だって、授業外の表情も知ることが出来て妄想のオカズになっているのだ!
思い返して、陽奈子の頬はだらしなく弛みまくり笑顔になる。
「馬鹿だから……」
「んー?」
未だに弛みまくりの笑顔を浮かべている陽奈子の顎を、総一郎の指が掴む。
「何でもないよ。ほらっ」
文句を言おうと開いた口に、勢いよく何かが放り込まれた。
舌の熱で溶け出したそれは、甘い待ち望んだ味。
「おいひー。総ちゃんありがとうっ」
「馬鹿だから、楽なんだ。馬鹿だから」
呟いた台詞は小声すぎて、やっとありついたチョコレートにご満悦な陽奈子の耳には届かない。
チョコレートを飲み込んで、ふと総一郎が部屋へ来る前に受信したメッセージを思い出す。
「そうそう、亜希ちゃんに彼氏が出来たんだって」
亜希ちゃんは、陽奈子の友人にしては珍しく見た目が派手な女の子。
彼女からのメッセージによると、彼氏は同級生で陸上部らしい。見た目は派手でも中身はしっかりしている彼女は、つい最近まで彼氏が出来そうな気配は無かったから吃驚した。友人を祝福したい反面、幸せそうで羨ましいと思う。
「羨ましいなぁ」
「陽奈子、気になる男がいるの?」
ギシッ、陽奈子が座る学習用椅子の背凭れを総一郎が掴む。
「気になる相手はいないけど、高校卒業するまでに一回くらい彼氏が出来たらいいな。学校帰りにファミレス寄るとか、手を繋いで公園デートとかしてみたい。あ、だめっ。手汗が気になるから手を繋ぐのはいいや」
自分の手のひらを見て言い直す。季節は秋とはいえ、男の子と手を繋いだら緊張して手汗が吹き出そう。
「手汗って、馬鹿だな」
「黙れリア充。爆発しやがれリア充」
ムッとして睨むと、総一郎は陽奈子から視線を逸らして息を吐いた。
「リア充じゃない」
「また別れちゃったの?」
「付き合ってもいない。あの女子はしつこかったから、適当に相手していただけ。ベタベタしてくる女は俺のタイプじゃないし」
学校では大人の対応をしていただけらしく、総一郎は嫌そうに顔を顰める。
「モテる男は大変だね。仕方ないなぁ。あと一ヶ月間彼女が出来なかったら、今年も総ちゃんの誕生日は朝まで対戦ゲームに付き合うよ」
男女共にモテているのに、何故か総一郎は自分の誕生日やクリスマス頃になると彼女やいい感じだった女の子と別れていた。
こうも女の子と長続きしないと、彼はやはり男色の気があるのかと不安になってしまう。
頼むから鈴木陽奈子の破滅フラグを立てないでくれ。
「陽奈子は本当に色気がないよな。今年はゲームじゃなくて、誕生日は一日デート(仮)に付き合えよ」
「何その(仮)って。じゃあ、イベント広場でやるラーメンフェスタ行きたい! ラーメン食べ比べデートしよう。二人なら制覇出来るよ」
ぶはっと、総一郎は激しく吹き出した。
「ぎゃあっ汚い!」
至近距離で吹き出したものだからもろに唾が陽奈子の顔にかかる。
悲鳴を上げた陽奈子は、身体を仰け反らせて椅子から転げ落ちかけた。
「くっ、馬鹿陽奈子」
怒りをぶつける前に、陽奈子の顔へ数枚纏めたティッシュを顔へ押し付けられる。
雑に顔を拭かれた後、ゴツゴツした大きな手で乱れた髪を手櫛で整えられると、苛立ちが収まってしまうから不思議。
これは幼い頃からの積み重ね、条件反射としか考えられない。
「本当に馬鹿だよな」
今まで学校帰りに二人きりでファーストフードにもファミレスも行っているし、幼い頃から手を繋いで歩いたのは数えきれないくらいしているじゃないか。
お馬鹿な幼馴染みにとって“総ちゃん”は恋愛対象外なのだ。
特に苛立ちも落胆も沸き上がらない。お馬鹿な幼馴染みは“総ちゃん”が髪を撫でるだけで機嫌を直してくれるのだから。
「ねぇ、総ちゃんは誕生日プレゼントで欲しい物ってある?」
「欲しいもの、ね。考えておくよ」
「私があげられる範囲にしてね。高い物は無理だよ?」
欲しいモノは一番高い物かもしれない。
お馬鹿な幼馴染みは、誕生日プレゼントで本当に欲しいものが何なのか知らない。
「コレを欲しい」と告げたらどんな反応をするのか。
陽奈子は何も分かっていない。
「総一郎の幼馴染みの子って可愛いよな」
教室の窓から見下ろした先に居た、陽奈子を見ながら陸上部の友人が言った一言。
「陽奈子? 黙っていれば、確かに可愛いかな」
「なぁ総一郎、陽奈子ちゃんに彼氏がいないならさ、今度紹介してよ」
笑いながら言う友人の軽い調子に、カッと頭に血が上る。
自分に背を向けて、窓から陽奈子を見ていた友人を突き落としたい衝動は、下唇を噛んで抑えた。
友人も分かっていないだろう。
その後、然り気無く周囲を誘導して陽奈子の友人の中でも軽そうな亜希と友人を引き合わせ、二人が付き合うよう背中を押したのは総一郎だということを。
「総ちゃんモテるからなー。きっといっぱいプレゼント貰えるね。いいなぁ。私も諦めずに剣道やっていれば良かったかな?そうしたらモテたかな?」
検討違いなことを呟きながら、陽奈子はソファーへ転がる。
部屋着の半ズボンから惜し気もなく出された太股と、少し捲り上がったパーカーの裾から覗く臍へ目がいってしまうのに、彼女は無防備な姿を見せ付けてくれるから困る。
女の子とよく間違えられていた自分が剣道を習い始めたきっかけは、モテたかったからでも鍛えたかったからでも無い。幼い陽奈子にドレスを着せられた時「可愛いのは嫌だ」と泣かれたから。
フランス人の母親曰く、アジアンビューティーな陽奈子は黒々した艶やかな黒髪も、少しきつそうだけど笑うと垂れる目も、一見綺麗で取っ付きにくそうな外見でも、纏う雰囲気と行動は可愛い小動物そのもの。
学校では大人しくしているつもりの彼女は、見た目を裏切るような変な言動のせいで目立っていることを全く気付いていない。
教師という立場を利用して陽奈子へ近付いた遠藤と杉山も、これからは警戒しなければならない。
小学生の頃から今までの間、総一郎がどれだけ近付く男達を排除してきたか陽奈子は知らないし、これからも気付かせはしない。
「誰にも渡さない。陽奈子の隣はずっと俺のもの」
ソファーに座り、幸せそうにチョコレートを頬張る陽奈子を見ながら、彼女には聞こえないよう総一郎は呟いた。
女装フラグは折ったけど、代わりに立った厄介なフラグは順調に成長しているようです。