初恋、ずっとあなたに。
ずっと好きな人がいる。でもこれはきっと、わたしだけの想い。それも長く、儚く、遠い時間の流れに逆らうようにして、恋心を残している。好きという自覚は幼稚園の卒園式の時。思えばその頃から、恋をしているということに気付いていたのかもしれない。
「ナオくん、一緒に座ってていーい?」
「んー?」
小さな男の子ナオくんは、目鼻立ちがハッキリしていてみんなの人気者。やんちゃだけど、意地悪いことはしない格好いい男の子。天気が良くて日向ぼっこをしている時に、ナオくんの隣に座りたくて真っ先に声をかけていた。
「あったかいなぁ。ミチルも思うー?」
「うん、あったかい。でもね、ナオくんの隣だからもっとあったかいよー」
「そっかぁ」
ナオくんの隣に座ってるだけでいい。横顔だけど、ずっと見てたい。あんまり話とかしてこないけど、それでもよくて、わたしがナオくんの傍にいたいだけだったんだと思う。それでもそれは長く続かなくて、男の子だから、いきなり何か面白いことを思い付いたらすぐに立ち上がって、どこかに行ってしまう。
わたしにとってはそれが精一杯の気持ちのアピール。他の子みたいにナオくんにくっついたりなんて出来なくて、時々こうしてただ黙って座っている彼の隣にいるだけで良かった。そうしてそんな日を毎日のようにしていたけれど、卒園式の時に何をどう言えるわけでも無くてナオくんは、引っ越しをしていった。恋の芽生えは初恋じゃなかったかもしれないけれど、意識しだしたのがこの頃からだった。
小学校に上がって、好きが膨らんだと自分でも分かったのは体育の時。他の男子とは明らかに動きが違ったし、彼が手にしたバスケットボールは気持ちのいいくらいに、ゴールへ吸い込まれていく。機敏な動きに、クールな表情。時折見せるはにかんだ笑顔はわたしじゃなくても、好きになってたと思う。
こうなると話しかけたもの勝ちじゃないけれど、彼と仲良くなりたい女子はこぞって彼の所に行ったり来たり。わたしの想いのアピールは幼稚園の頃から変わっていなくて、見てるだけでよかったりした。
それでも、たまたま体育館で壁に寄りかかってたりした時に、彼が隣にいたりしてその時は何か声をかけて来てくれたらいいな。なんて思っていたりして恋心を抱いていた。たぶんこれがわたしの初恋。
それで本当に偶然だけれど、誰かの手元が狂ってボールがわたしの所に飛んできたのを、彼が手で守ってくれて、それが話しかけのきっかけを得られたりして嬉しかった。
「あっぶねー。ったく、誰だよ。当たらなくてよかったよなー。なっ?」
「う、うん。ありがと、タカトくん」
わたしとタカトくんが話したのはこれだけ。6年間のうち、同じクラスになれたのは4年くらいだったけれど、男子は男子たちだけで遊んでることが多かったから、積極的にどうこうとか出来なくてやっぱり、見てただけ。恋の心を膨らませながら、想いを抱いてた。
それでも、何度か話をすることもあって、わたしと話すタカトくんの笑顔はすごく優しくて、その度に好きになってた。彼はわたしの名前なんて覚えてないだろうし、呼ぶこともほとんど無かったけれど言いかけたのかなって思う時も何度かあった。
「あ、あのさ、ミチ……」
「タカトー! 校庭行こうぜー」
「お、おー! 今行く」
何か話したいことでもあったのかな。そう思っていたのはたぶん、わたしだけ。時々、ちらちらとわたしを気にしている時があったけれど、あれは何だったのかな。結局、小学校も恋を抱いたまま何も言えなくて卒業。
中学は同じ地区だから、タカトくんもそのまま同じ中学に上がって来た。3年間、同じクラスになることは無かったけれど、彼とは陸上の部活で一緒になれた。わたしは短距離、彼は長・中距離。
お互いに同じ所にいれば話くらいはしてもおかしくなくて、タオルとか渡すくらいは当たり前だった。水とか、スポーツドリンクだって簡単に渡せるし、だからといってそれをそのまま飲めなかったけれど。
「ミチル、頑張ってんね。てか、足速い」
「や、距離短いから。タカトくんは体力すごいじゃない」
「それだけが取り柄なんだよなー」
部活が一緒だから、名前を呼び合うのも話しかけるのも当たり前で、でもそれだけのことだった。気にしてたり、彼の走ってる姿を眺めるのが気持ち長かったり、意識してたのはわたしだけだったと思う。
大会とかで記録なんて残せるほど伸びなくて、ホントに部活してるってだけで終わった陸上。3年なんてあっという間に終えてしまう。好きな心を抱いたまま、やっぱり言葉に出して言えなくて。
「ミチルは高校でも続けんの?」
「んん、たぶんやめる、かな」
「そっか。ミチルの走ってる姿、格好良かったけどな。んじゃ、俺行くから」
「あ……」
タカトくんに想いを伝えられなくて、そのまま卒業。高校は別々になった。せめて連絡先とか交換しとけば良かったと思っていたけれど、高校ともなれば友達関係とか違って来るし陸上もやめてるし、何を話せばいいのかなんて分からなくなるはずだから、交換とか出来なかった。
タカトくんとは別に、高校では彼氏が出来たけれど何でか上手く行かなくて、彼氏に言われた言葉は「浮気してるだろ?」なんて思いもよらない言葉だったりした。
否定も肯定もしなくて、結局別れてしまった。浮気と言われて、それはたぶん別な彼に想いを抱き続けていることなんだろうなと思った。想いを打ち明けられなくて、心を膨らませたままで終わった中学時代。
もし陸上を続けるとか言ってたら、今とは違っていたかもしれない。タカトくんの別れ際の言葉がそんな感じに思えたから。
高校こそ別になったけれど、タカトくんとは友達の繋がりで連絡先を知ることが出来て、それで直接会えなかったけれど、文字だけのやり取りで何となく想いを伝えてみた。
「タカトくんのこと、好きだったよ」
「……俺も同じ」
「陸上、続けていれば違ったかな?」
「どうかな。でも、3年間……ずっと好きだった」
気のせいじゃなかった。わたしだけが想っていたことじゃなかったんだ。ずっと近くにいたし、話している時、お互いに楽しかったし。直接会えたらいいのになんて思うだけで、距離の問題もあるし連絡出来るだけでも良くて、お互いに想いを伝えられて良かったって思えた。
付き合うことは出来なかったし、文字だけの連絡しか出来なかったけれど、わたしの恋。初恋はずっとあなたにありました。彼もわたしのことを好きだった、それだけでそれだけでも、良かったです。