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魔女の花冠①

 閉店時間をとっくに過ぎた真夜中。サイがこの日新たに作った商品を棚に並べていると、乱暴に扉が開かれた。


「……お客さーん、とっくに閉店時間は過ぎてるんでお帰りいただけますかー?」


 サイは扉が開かれた音を聞くと、そちらの方を見もせず、手を止めることもなく、ため息をつきながら呆れたように言った。


「本当よォ。一体今何時だと思ってるわけ? こんな時間まで起きてたら私とサイちゃんのお肌か荒れちゃうじゃない。明日の化粧ノリが悪くなったらアンタのせいよ?」


 サイの言葉に便乗して、カウンター席に座っていたジェンヌがそうクレームをつける。すると、店に入ってきた人物は、くたびれた身体を引きずりながらジェンヌの隣まで来て、どっかりと座ってから「悪かったって」と軽く笑って言うのだった。

「で、どこの誰さんが大暴れしてるのよ? どうせ私たち二人を呼び出してまで話すなんてロクな奴じゃ無いんでしょ?」今度はジェンヌがため息をつきながら呆れたように言う。そして、切れ長の目を隣へ向けた。「ねぇ、エイゲン?」


「そんなことはないさ……って言いたいところなんだけど、残念ながらご名答なんだよなぁ。って訳で助けてもらっていいか? 俺じゃどーにもならん」


 ジェンヌの言葉にエイゲンは眉を下げて笑った。よく見れば、エイゲンは身体の至るところに白い包帯を巻いている。余程苦戦しているらしい。それを察すると、ジェンヌの表情が引き締まった。そして仕事モードのスイッチを入れる。


「先に言っておくけど、どこの誰さんって聞かれても俺には答えられん。もう誰が誰なのかもわからない。場所だけは案内するから、あとは回収を頼むって感じだな」

「なにそれ……融合でもしちゃったわけ? それで誰が誰なのかもわからないとか」


 あちら側の世界で死を迎えた者たちは、その場に留まり続けると、よく未練や恨みに魂を飲み込まれて自我を失ってしまう。そうして自我を失った者たちの中で似たような未練や恨みを持っていると、融合して一つの魂のようなものに成り果ててしまうのだ。

 黒い箱は一箱につき一人分の魂しか回収が出来ない為、そうなった場合は融合した魂を分離させて一人分の魂にしてから回収をしなければならない。それがかなり骨の折れる作業なのだ。


「そんなもんだったらまだ可愛かったんだけどなぁ……いや、まあ多少は融合してるのもいるだろうけど」


 エイゲンが急に遠い目をしながら言う。そこまで言われれば、どういう状況なのか詳しく言われなくとも想像がついた。と、同時に想像してとても嫌になった。


「……大戦争シーズン2って感じかな」

「ご名答」


 商品を棚に並べる手を休めずにサイが言うと、エイゲンは薄く笑ってパチンと指を鳴らした。

 そう、戦争だ。

 あちら側の世界のどこかの地域で戦争が起こった。そして、その戦争で命を落としたもののその地に留まり続ける者が大量にいる。あろうことか、死んでも尚、彼らは戦いを続けている。回収屋たちはその中に突っ込んで暴れ狂う者たちを無理矢理抑え込んで、一人ずつ箱へ入れなければならない。


「いやー、俺がいけばどうにかなるかと思ってたんだけどよ、ダメだったわ」


 ヘラヘラと笑いながら軽い調子でエイゲンは言うが、これは軽く流せるような話ではない。『エイゲンが対処しきれず傷を負って撤退した』というだけで、この世界においてはとても重大な事態なのだ。いくら回収屋において伝説級の強さを誇るエイゲンとはいえ、武装した兵士数百人を相手に回収をしなきゃいけないという状況で苦戦するのは仕方のない事ではあるのだが。


「えー? そんな怖い現場、アタシか弱くていけなーい。きゃぴきゃぴ」


 真顔で身体をくねらせながら棒読みで言うサイ。翻訳すると、『そんな面倒なところに行きたくない。却下』と言っている。エイゲンは翻訳するまでもなくサイが拒否しているのを分かっていて、もっと言えば断られることを事前に想定しておいて、どこからか一つの小さな宝石を取り出して「そう言うと思ってコイツを用意した」なんて言った。


「協力してくれたらこれはお前にやるよ」

「……それ、誰の?」

「イロハちゃん」

「ッ!」


 サイの目の色が変わった。ずっと商品の陳列をしていた手が止まって、足が動き出して、気付けばサイはエイゲンの目の前に立っていた。その目にはエイゲンが差し出した宝石しか入っていない。


「そんなもん何処で手に入れたのよ。というか、いつの記憶よ」


 声も出ない様子のサイに代わってジェンヌがそう問う。

 イロハというのはかつてサイの隣にいた黒髪の少女の名前だ。彼女はもうここにはいない。否、この世にいないと言うべきだろう。殺されない限り死が訪れることはないこの世界で、彼女は、イロハは七年前に死んでしまった。

 そんな少女の記憶の欠片が今、エイゲンの手の中にあるという。


「役場に保管されてたんだよ。実は、こうなったのはイロハちゃんが初めてだったらしくてこっち側での記憶も結晶化されるなんて誰も思ってなかったらしい。そんで、扱いに困ってずっと保管してたんだと」


 役場とはこの世界を取りまとめる機関のことだ。あちら側にある役場と同じような働きを担っていて、主に回収した魂をこちら側の住人にする手続きや管理、回収した記憶を世に流通させる為の管理や、こちら側の住人があちら側へ転生する際の手続きなどを行っている。回収屋をあちら側に送り込むのも役場の仕事だ。


「放っておけば普通の記憶と同じように流通されるだけだろうから貰ってきたんだよ。これはお前が持ってるのが一番いいだろうと思ってな」


 そう言ってエイゲンは固まったままのサイに記憶の宝石を手渡した。勿論、「じゃ、よろしく頼むぜ」なんて言って戦場での回収を頼むのも忘れていない。もう一度釘を刺すように頼まれていなくとも、こんなものを用意されてしまえばサイは手伝わざるを得ない訳だが。


「で、私には何を用意してくれたワケ? え、もしかして何にもないの? 嘘でしょ? 何もないまま、か弱い私を戦場に放り込むっていうの?」

「お前がか弱いなんて冗談きついぜ。あー、ほら、サイが行くんだから行ってくれよ。な?」

「えぇ……行くけど、それは腑に落ちないわねぇ。行くけど」


 口を尖らせてぶーぶーと文句を言うジェンヌ。ジェンヌ相手には本当に何も用意をしていなかったらしく、エイゲンは「まあまあ、頼むって」と繰り返し言うだけだ。断られると思ってなかったのだろう。


「つーかお前はそもそも回収屋だろ。仕事しろ仕事!」

「そんなこと言ったらサイちゃんはどうなるんですかー」

「サイはもう回収屋じゃないだろ。今は雑貨カフェの店主だから見返りを用意して依頼しないとな」

「差別ってどうかと思うわー」

「差別じゃなくて区別だ」


 ぎゃあぎゃあと言い合う二人。お互いにお互いの言い分を理解しているため、本気で文句を言うわけでもなく、ぐだぐだとじゃれあい半分の言い合いにも満たないような言い合いを繰り広げる。

 そんな二人を眺めて落ち着いたのか、ずっと宝石を見つめて固まっていたサイが軽く息を吐いてから動き出した。エイゲンの前から離れると、それまで商品を並べていた棚の前まで戻る。そして、そこから一つを手に取ると、今度はジェンヌの後ろに回り、手に持ったものをそっとジェンヌの頭に被せた。


「……え?」

「これで勘弁してやって」


 ため息をつくサイ。キョトンとした表情を浮かべるジェンヌ。その頭に被せられたのは、白い花で作られた花冠だった。


「それ今回の新作。花畑に暮らす魔女の記憶から作ったやつだからまあ、回収の時に使えるんじゃない?」


 見てみれば、棚には色とりどりの花を使用したアクセサリーが飾られていた。この白い花冠はその中の一つのようだ。よく見てみれば、『魔女の花シリーズ』と書かれたポップも飾られている。


「こんなの貰ったら、全部集めなきゃいけなくなるじゃない」


 ジェンヌは困ったように笑いながら、エイゲンからの依頼を正式に承諾した。

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