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夢見るアロマランプ②

 本を購入すると、やっと本来の目的であるキリネの服選びが始まった。


「きっと、ショートパンツとか似合うと思うんですよ! あと、この兎さんパーカーとか!」


 服選びになったとたん、アリカが生き生きとし始めた。そして意気揚々と店の中からカフェオレのような色をしたショートパンツと、フードに兎の耳がついた桜色のパーカーを持ってきて、キリネにそれを試着するよう促した。

 とても素直なキリネは言われるがままに服を受け取って試着室へ行く。サイが「一人で着られる?」と聞くと「大丈夫!」と返ってきたので、着替えが終わるのを大人しく待つことにした。


「着れたー!」


 しばらくして、試着室からそんな声が聞こえた。それからカーテンが勢いよく開かれて、中からショートパンツとうさみみパーカーを着たキリネが出てくる。

 それは思っていたよりもずっと似合っていて、子どもらしい可愛らしさが普段の割り増しだ。そして何よりも、普段は着物しか着ていなかった為、とても新鮮だというのが一番大きな感想だった。そうか、この子は洋服も着られるのかと三人は初めて気付かされたくらいには新鮮だった。

 だからだろうか。


「それ全部買おう」


 サイの中で服の購入が即決していた。ジェンヌが後ろで「少し落ち着きなさいよ」等と声を掛けてきているが、サイの耳には全く入らない。キリネが可愛い。ただそれだけだった。

 サイがそんな様子だということはジェンヌにも分かっていた。だけどジェンヌは引かず、サイの肩をぐっと掴んで言うのだった。


「聞いてるかしら、サイちゃん? 即決するにはまだ早いって言ってるのよ。確かにその服は可愛いわ。とんでもなく可愛い。思わずキリネちゃんをお持ち帰りしたくなる可愛さであることは認めるわ。どうしてかしら、私の奥底に眠る男のような部分が目覚めちゃいそうな気だってするわよ。でもね、世の中にはもっと可愛い服もあるのよ。それはショートパンツだけど、服にはスカートというものがあるのよ。ボーイッシュな可愛さも良いけれど、私はまずは女の子を全面的に押し出すような可愛い可愛さを求めるべきだと思うのよ。可愛い可愛さってなんだよって? もう、そんなのニュアンスで分かって頂戴。フリルとレースたっぷりふんわり甘々! って感じよ。分からない? じゃあ見て分かって。見れば分かるわよ。だから今キリネちゃんが着ている服は一旦保留にしておいて、私が持ってきたこの服をキリネちゃんに着てもらってからもう一度なにを買うのか考えてくれるかしら? 戦きなさい、サイちゃん。あなたが今までずっと避けて通ってきた服を選ぶという行為がどんなものなのかを思い知りなさい。お洒落が面倒だなんてふざけたこと、二度と言えないようにしてあげるわ」


 ビックリするぐらい間を空けずに語ると、ジェンヌはいつの間にか持ってきていた見るからに可愛らしい、裾がフリルで飾られた紺色のスカートと、胸元と袖口をフリルで飾ったブラウスをキリネに託した。

 とても素直なキリネは、ジェンヌから服を受けとると試着室へ消えていく。そうして少し経つと、着替えたキリネが試着室から出てきた。


「ヴぁッ……」


 よく分からない感嘆がサイの口から溢れた。今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだ。

 ブラウスとスカート。至ってシンプルな組み合わせだが、それ故にその可愛さは絶大だった。

 先程のパーカーとショートパンツがお転婆娘的可愛さだとしたら、今のブラウスとスカートは当然のことながらお嬢様的可愛さだ。人形のような可愛さとも言える。

 だが二つは全く次元の違った可愛さだ。比べて優劣をつけることなどできない。だからサイは苦しんだ。苦しんで苦しんで、悩み抜いた末にようやく一つの答えにたどり着いた。


「よし、両方買おう。あとついでにそれとそれも買う」


 お金があるのだから、何着買っても問題はないのだった。金持ち故の発想である。

 こうしてキリネの服は一気に増えることになった。パーカーとショートパンツとブラウスとスカート。それから最後にサイが追加で買った、裾がスカートのように広がった紺色の袴と、形は普通だが紺と黄色のグラデーションが目を引く、蝶が描かれた袴。合計六着を購入して、サイはとても満足げな表情を浮かべていた。目的を見事に達成してほっくほくだ。

 早々に目的を達成してしまったので、その後四人はショッピングモールを適当に見て回ることにした。「服の次はアクセサリーじゃないですか!?」なんてアリカの提案で、キリネのためのアクセサリーを見に行く。見に行ったのだが……


「このネックレスなんて可愛いんじゃないですか?」

「それは……アタシが作れるな」

「じゃあこの髪飾りはどうかしら?」

「それも……アタシが作れる」

「ブレスレットは……」

「作れる」

「思いきってイヤリングなんて」

「作った」

「あ、これマスターさんが作ったやつに似てるよ!」

「ああ、本当だ」

「…………」

「…………」


 そう、軒並みサイが作れてしまうか、既に似たようなものを作っていたのだ。これではアクセサリーなんて買う意味がない。買わずにサイが作ったものをキリネに贈った方がキリネも喜ぶだろう。その証拠に、以前貰った桜のペンダントをキリネは常に肌身離さず持ち歩いている。


「アクセサリーがダメなら雑貨でも見ます? 雑貨もまあ、ほとんど作ってるかもしれませんけど……」

「私はむしろ、今まで服を作ったことが無かったのが不思議に思えてきたわ」


 苦笑しながらアリカとジェンヌはそう言って雑貨屋へ向かう。サイに連れられながらその後ろを追うと、店頭に置かれた一つのランプがキリネの目に留まった。


「キリネ?」

「ねぇマスターさん、『あろま』ってなぁに?」


 四角い木枠に色とりどりのガラスが嵌め込まれた小さなランプには『夢見るアロマランプ』と書かれた紙が添えられていた。ゆらゆらと炎のように揺れる明かりの上には皿のようなものがあり、そこには液体が少し乗せられていた。


「ああ、アロマっていうのはいい匂いがするやつだよ。これは油をお皿の上にのせて、いい匂いを部屋に広げるんだよ」

「いい匂いがするとどうなるの?」

「あーん……アタシは使ったことないからよくわかんないけど、まあゆっくり出来るんじゃないかな。いい気持ちになれるんだと思うよ」


 そっかぁ、と言いながらキリネは食い入るようにアロマランプを見つめた。それからサイの顔をじっと見て、もう一度アロマランプを見る。


「欲しいの?」


 分かりやすい態度にサイが笑いながら尋ねると、「う、うん!」と少し詰まらせながらキリネが返事をした。なんだか歯切れの悪い返事だ。

 キリネは少しの間モゴモゴと口ごもらせて、もじもじと恥ずかしそうに身体を揺らしてからとても小さな声で呟くように言った。


「……あのね、キリネじゃなくてマスターさんに買って欲しいの。マスターさん、夜も忙しそうなときがあるから……」


 本当はキリネが買いたいんだけどね、としょんぼりしながらキリネは言う。どうやら服をプレゼントして貰ったように、なにかをプレゼントしたかったらしい。だけどキリネがお金を持っているはずもなく、欲しいものはこうやっておねだりするしかない。それに次にいつショッピングモールに連れてきてもらえるかも分からないため、欲しいものは今欲しいと言っておかなければならないと考えていたようだ。


「あら、いいじゃない。そのランプ、私が買ってあげるわよ。私……じゃなくて私とキリネちゃんと、かしら」


 二人のやり取りを見守っていたジェンヌは、いつの間にか二人の後ろに立っていたらしく、サイに肩を組むようにもたれ掛かりながらそう提案し、有無を言わさずアロマランプを購入したのだった。


 ショッピングモールを後にし、家に帰ると辺りはもう暗くなっていた。キリネは疲れてしまったらしく、帰りの最中から眠ってしまっていた。

 すやすやと寝息をたてるキリネをそっと布団に寝かせると、サイは自室に戻ってプレゼントされたアロマランプを早速使ってみることにする。せっかくキリネがプレゼントしてくれたのだ。アロマランプには大して興味もなかったが、使ってみようとそう思った。

 アロマランプと一緒に購入したアロマオイルを数滴皿に垂らしてランプをつける。すると少しずつオイルの香りが広がっていった。そのままゆらゆらと揺れる灯りを見つめていると、いつの間にか辺りの景色が変わっていた。


「ッ!?」


 ここは夢の中なのだろうか。目の前にあったはずのランプも消えてしまっていて、薄暗かった部屋は柔らかな白い光に包まれた空間に変わっていた。明らかにおかしい。

 声を出すことはできない。まるで記憶の中に引き込まれてしまった時のようだ。だがこのアロマランプには記憶は込められていなかったはず。とすると、これは一体何なのだろうか。

 戸惑いながら辺りを見回していると、嬉しそうにこちらを見つめる一人の少女が見えた。紺色の袴をはいたその少女はキリネによく似ている。だけどキリネじゃない。

 サイはその少女のことをよく知っていた。

 そして、少女もサイのことをよく知っていた。

 当たり前だ。だって彼女は──


 突然目の前が真っ暗になった。

 違った、真っ暗な部屋で目を覚ましただけだった。いつの間にかサイは眠ってしまっていたらしく、アロマランプの前で横になっていた。ランプの灯りはもう消えていて、部屋にはアロマの香りも広がっていなかった。


「……イロハ」


 さっき見た光景を思い出してサイはポツリと呟いた。さっきまで見えていたのに、今は何故かその顔が思い出せない。どんな表情を浮かべていたのかも分からない。


「『夢見るアロマランプ』ってそういうことかよ……」


 なんつーもんをくれたんだ、とサイは乾いた笑いをこぼすことしかできなかった。

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