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彼岸を唄う燈籠④

 太陽が沈んでいき、オレンジと紫が空を染める頃。

 カランカラン、と扉に付けられた鐘が鳴り、二人の客が入店した。黒髪の店員はカウンターの奥からやや気だるげに「いらっしゃい」と声を掛ける。


「よう──えーっと……どっちで呼べば良いんだ?」


 客の内の片方、エイゲンは軽く手を挙げた後に困ったようにそう問いかけた。

 包帯が巻いてあれば迷うことはなかったかもしれない。しかし包帯は巻かれておらず、隠されていない左目が夕日色に輝いている。一方で、ユイトに戻ったと言う話も聞いていた。だが雑貨カフェを営んでいるのはサイだ。果たして。


「好きに呼びなよ。どう呼ばれようと、アタシはアタシさ」


 そんなエイゲンに彼女はフッと鼻で笑うように言った。そのさっぱりとした笑みにつられてエイゲンも笑い、「じゃあ今まで通りで良いな」と結論を出す。

「それよりも、」正面に立っているエイゲンから、そのやや後ろにいるもう一人の客へと視線を移しながらサイは目を細めて言う。整った顔立ちだが幼さが残り少年のように見える彼には誰かの面影があった。「()()、初めましてかな?」


「はい。初めまして、ですね」


 少年はにこりと笑って見せた。何故か、どうしようもなく違和感のある笑顔だった。その強烈なまでの違和感がいっそ可笑しくてサイは冷たい笑みを浮かべてしまう。


「白々しいよ、()()()

「言い出したのはそっちじゃないですか。嫌ですねぇ、今はアキラって名前なんです。その名前では呼ばないでください──ああ、ほら」


 ぐにゃりとアキラの姿が揺らぎ曖昧になった。顔の右半分がアリカに変わるとアキラは困ったように顔をおさえた。


「まだ安定していないんです。前の名前で呼ばれると、それに引っ張られて元に戻るんですよ」

「悪かったよ。アイドル辞めたとは聞いてたけど、まさか性別まで変えてるなんて思わなかったからさ」

「別に辞めてはいませんよ。アキラとして過ごすにあたり、アイドル業をお休みにしただけですから。必要があればまたそっちもやる予定です」


 落ち着いたのか顔から手を離してアキラは言う。探偵アイドル、アリカが引退したという噂が流れたのはひと月ほど前のこと。そこからぱったりとアリカの姿を見かけなくなったが、どうやら姿を変えていたらしい。見ないわけだ。思い一つで姿が変えられるとはいえ、中々の荒業に出たものである。自分の姿という無意識の思い込みを意識的に無理矢理変えているのだから。


「はぁん、似てると思ったけど本人だったんだな。しっかし、お前らよくそんな面倒なことするな」


 そんな二人のやり取りにエイゲンはそう言ったがあまり興味は無さそうだ。彼の周りに名前も姿も変える者が居すぎるせいだろう。多分、ちょっとしたイメチェン程度にしか思っていない。


「楽しいですよ。見た目が変わるだけで見える世界が違うんです。リュウちゃんがやりたかったことがようやくわかりました」


 目を閉じ、懐かしむように穏やかな表情でジェンヌのことを思い浮かべる。リュウゾウからジェンヌへ、メイクで大胆に姿を変え、口調も名前も全く別物になった彼に最初は困惑したし理解も出来なかった。だが今ならよくわかる。自分が勝手にそうと決めつけているだけで、何になるのも自由なのだ。その可能性を理解できた時、初めてアリカ(アキラ)の世界はぐっと広くなった。

「ところで、」アキラが話を切り替えると同時にそれまで穏やかだった空気が一変する。スッと鋭い目つきになって、表情を消したアキラは低く冷たく言う。「()()()()()()()()()()()?」

 しん……と空気が静まり返り、サイとエイゲンは驚いたように瞬きを繰り返した。それでもアキラの視線の鋭さが変わらないのを見ると、やがてサイは愉快そうに笑った。


「なぁんだ、バレちゃった」


 言い終える頃には目の前にサイはおらず、アキラの背後にクスクスと笑うキリネが居た。姿も声もいつどうやって変わったのかは全く分からない。なんとも不思議な現象だった。


「なんだか化かされた気分ですね」

「キリネはきつねさんじゃないよ?」


 不機嫌そうなアキラとは対照的に、キリネは手を狐の形にしてコンコンと悪戯っぽく笑って見せた。その後何を考えているのか店の出入り口に向かって上機嫌に歩く。何をするつもりなのだろうか、と注意深くその様子を見守っていると、唐突に扉が開いた。


「おかえりなさい、マスターさん」

「ただいま。……ああ、二人はいらっしゃい」


 入ってきたのはサイだった。今度は紛れもなく本物だ。


「珍しいな、仕事か?」

「ジェンヌの穴埋めにね。どうせなら後釜を用意してほしかったよ」

「そりゃ無理だな」


 数日前、とうとうジェンヌはあちら側へ転生することを決意した。元々そのつもりだったのだろう。アリカが探偵アイドルを辞めるという噂が流れてから本格的に決めたようだった。そして、決意が揺らぐ前に親しかった何人かに挨拶だけして、ジェンヌはこちら側の世界に別れを告げた。

 当然ながらジェンヌが抜けた穴は大きい。ジェンヌならどうにかできた狂暴な輩の回収が上手くいかなくなり、その穴を埋めるためにサイに積極的に声がかかるようになった。一度ユイトに戻ったのも大きいだろう。長い間ジェンヌに世話になっていた恩があるからか、サイも嫌な顔一つせずに受け入れている。強い回収屋が育つまでは今後しばらく続くだろう。


「リュウちゃん、なんか言ってました? 最後に会えなかったんですよね」


 アキラはジェンヌが転生することは知っていたものの、本人に会って詳しい話を聞くことは出来なかったようだ。否、まだアリカからアキラになることに慣れていなかったから会うわけにはいかなかった、が正しいだろうか。事情があったとはいえ、親しかった友人と別れの挨拶も出来なかったことを悔いているようだ。アキラは少し寂しげな表情を浮かべた。


「えっと……?」

「ああ、すみません。今はアキラと名乗ってます」

「なるほど。そういうことね」


 サイが戸惑いの表情を浮かべると、アキラは自己紹介もまだだったことを思い出した。先程までキリネがサイに成り代わっていたせいで忘れてしまっていた。

『今は』という含みのある一言で全てを察したサイは流石だというべきだろう。もしかしたら口調がアリカそのものだから分かったのかもしれないが、そんなことは置いておいて。


「転生して何になるのかが楽しみだって言ってたよ。あと、ジェンヌの記憶を見つけ出してアタシらに会いに来るって豪語してた」

「俺はサイよりも先にイロハに会ってくるって聞いたぞ?」


 あまりにもジェンヌらしくて、皆顔を見合わせて笑った。前世の記憶については稀に聞くが、こちら側での記憶が戻ったなんて話は誰も聞いたことがない。転生する際にこちら側での記憶は何もかもが消えて無くなると考えられていたし、そう信じて誰も疑わなかったからだ。だが、もしかしたらそうではないのかもしれないし、ジェンヌならそれを証明してくれるかもしれない。

 何にせよ、楽しみだ。


「さて、ユイトさんに挨拶できたわけですし、ボクはそろそろ行きます」


 ジェンヌの話まで聞けて満足したのだろう。アキラはそう言うと入ってきた方の扉ではなく、あちら側へ繋がる扉の方へ歩き出した。今後はアリカのときには見られなかった世界を見て回るつもりのようだ。もしかしたら訓練次第で情報屋のようにあちら側の住民に溶け込むことができるかもしれない、と期待に胸躍らせながらアキラは語っていた。


「エイゲンはこれからどうすんの?」


 アキラが出ていくと、ふと思い出したのかサイはそう問いかけた。自分にそんな質問が来るなんて思ってもみなかったらしく、エイゲンは「へぁ?」と間抜けた声を上げる。質問の意図もつかめなかったらしく、しばらくの間動きを止めた。沈黙がいくつか流れるとエイゲンがやっと動き出す。質問の意図が理解できたようだ。


「俺はどうもしないよ。まあ……本気のお前をまだ倒してないってのもあるが、そもそも俺みたいなやつはこっち側にいた方が良いんだよ」


 エイゲンはあっけらかんとした笑みを浮かべたが、どこか自虐的でもあった。それ以上自分のことを話すつもりは無いらしく、サイとキリネが何かを言う前に「そういうお前らはどうなんだ」と質問を返す。


「さあ?」「わかんない」


 二人は顔を見合わせた後、同時にそう言った。

 分からない。これから先、二人がどうなっていくかなんて何も。

 目標はある。サイはイロハとの前世の繋がりを探し出したいし、キリネは転生したイロハを見つけたいと思っている。だけどそれは、こちら側の世界にいるならついでに、ぐらいの目標だ。


 許すことも出来ないし、憎むことも出来ない。だけど手放すことも出来ない。

 しいて言えば、記憶と自分を探し続ける日々はまだまだ終わらない。

 ただそれだけだ。

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