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神を名乗るもの③

「……なるほど。大体わかりました」


 話を聞き終えたアリカは眉間に皺を寄せつつも頷いてそう言った。「二日もユイトさんを足止めしてたのには驚きですが……」とぽつりと呟き、何か深く考え込む様な素振りを見せる。話の内容から情報を整理し、相手の実態について考えているのだろう。


「とりあえず、私の中で一番強い結界と、対サイちゃん用の結界を二重に張って来てあるから少しは時間が稼げると思う、けど……あれが外に出たらどれだけの数が犠牲になるかは分からないわね……」


 険しい表情を浮かべていたアリカだったが、ジェンヌのその言葉を聞くと少しだけ和らいだ。悩みの種が一つ解消されたような表情だ。

「一つ、質問ですが──」質問と言いながらほぼ確信している顔でアリカは問う。つまるところ、これはただの確認作業だ。「──その結界は、今まで……少なくとも、ユイトさんの前では一度も破られたことのない、最高強度のものですか?」


「え? ええ、そうだけど」

「で、あれば良かった。ゆっくり推理をしているだけの時間はありそうですね。その間に、リュウちゃんたちもゆっくり休めるんじゃないですかね」


 ジェンヌの答えを聞くと、アリカは口角を上げた。

 横たわったエイゲンは未だ目覚める気配を見せない。応急処置こそ終わったものの、ジェンヌは満身創痍だ。事態が深刻であることに変わりはないのに、アリカには謎の自信が湧いて出ているように見える。あるいは、謎が解明されてスッキリしただけなのかもしれないが。


「最初に言っておきますが、『祟り神』なんて名前をつけられているその魂はまだ『神』の領域に達していません。ただの人のまま、ということを念頭においてください。

 さて……それでは、謎の攻撃の正体についてからお話ししましょう。今回も歌えるような雰囲気じゃないのでアイドル業はお預けですね。

 いつやられたのか、何をされたのかも分からない謎の攻撃……まあ、それだけの情報しかなければかなり厄介ですね。避けようが無いわけですから。ですが、私がそれに結論づけるとするならば、その攻撃はただの錯覚です」

「錯覚……?」

「はい、錯覚です。思い込み、と言い換えた方が正しいかもしれませんね。先に、私たちの身体の仕組みについてお話ししましょうか」


 アリカは人差し指を一本顔の前で立てた。それが何を意味するのかわからないジェンヌはアリカが何をしようとしているのか疑問に思いながら立てられた人差し指をじっくりと見つめた。

 すると次の瞬間、アリカの人差し指にぱっくりと切れ込みが入り、真っ赤な血が溢れ出た。


「ッ!?」


 突然の出来事にジェンヌは思わず後ずさった。静かに二人のやりとりを眺めていたキリネも驚いた様で、目をまん丸くさせていた。

 アリカはそんな二人を見てクスリと微笑みつつ、人差し指についた傷をそっと撫でた。すると何事もなかったように傷は消え、辺りに垂れた血液も消えてなくなった。


「こんな風に、私たちは思い込むだけで傷を受け、思い込むだけで傷を癒すことができます。肉体がないのにどうして血が出るのかがずっと不思議だったんですが……全ては思い込みから生まれるものであると私は結論付けました。肉体を持っていた頃の鮮烈な記憶が魂に刻み込まれている訳ですから、傷つけられたらどんな痛みが走るか、どんな風に血が出るのか、どんな風に肉が咲けるのか、私たちは想像してしまうんです。そして、その想像は形になってしまう」

「魂に、刻み込まれた記憶……って、どういうことなのかしら」

「そのままの意味です。ねえ、リュウちゃん。私たちはどうしてこんな姿なんでしょう。どうして人間の姿をしていて、地面を歩いて、夜に眠り、朝に目覚め、ご飯を食べ、生活を続けているんでしょう。肉体が無いのなら、本当ならそんなことする必要は無いと思うんです。なのに、あちら側と同じような活動をこちら側でもしているのは、どうしてでしょうね?

……ふふ、その答えが、魂に刻み込まれた記憶なんです。

 今はこちら側の住人だとしても、かつては誰しもあちら側の住人でした。向こうで恐らく人間として、何十年と生活をしていたのです。日々の些細な生活習慣に違いこそあれど、根本的な活動にそう差異は無いわけですから、癖として染み付いてしまうものだと思うんですよ。

 私がアリカという名を名乗って、この姿でこの声で活動しているというのは、ずっと前からそうだったという記憶がどこかしらにあるからなんですよ。多分ね。

 話を戻しましょう。問題なのはここからです。

 思い込み、あるいは錯覚だけで傷を受けることは分かってもらえたと思いますが、今回の『祟り神』とやらの攻撃については、いつ何をされたのか分からないという問題点がありますね。何をされたのか認識できない以上、リュウちゃんたちは錯覚することすら出来ないはずです。でも傷も痛みもあって血も出た。ということは、相手の能力として、『強制的に相手に思い込ませることが出来る』というのがあると思います。それか、先に幻覚なんかで傷を受けた状態を見せる、とかですかね。辺りには黒いもやの様なものが漂っていたといいますし、あの場所についた時点で幻覚の様なものを見せられている可能性も十分にあります。

 つまるところ、『攻撃なんて受けていない』と強く思うことが出来れば何にも怖いことはありませんし、『傷ついてもすぐに治る』と思っていられれば即座に傷も治るわけです。が……やっぱりそう簡単にはいきませんよね」


 どうやらこの丁寧で長ったらしい説明には、その間にエイゲンとジェンヌの傷が癒えるのではないかなんて淡い期待を含んでいたようだったがそれは失敗に終わった。エイゲンもジェンヌも満身創痍のままだ。思い込んだ傷がそう簡単に癒えるわけではない。


「ユイトさんを最強たらしめているのは、『自分の傷なんてどうでもいい』という投げやりな思いがあるからなんじゃないかって思うんです。だから何が起こっても立ち向かうことが出来て、自分の絶対的な力を振るうことが出来る……。良いこととは決して言えませんけれどね」

「ああ……そうね。分かる気がするわ」


 アリカの話にジェンヌは思わず苦笑を漏らした。

 言われてみればその通りだ。サイの戦い方はかなり自分を捨てているところがある。確実な一撃を与えられるのであれば、わざと相手の攻撃を受けていることすらある。そして、その戦い方は七年前からより一層強くなったようにも。

 相手の手が何となく分かったところで次に浮上する大きな問題が、そのサイの対処法だ。

 エイゲンもジェンヌも、そしてアリカもサイの絶対的な強さを嫌というほどに知ってしまっている。思い込みが全てを大きく左右するというのであれば、状況は絶望的だ。サイを打ち負かすイメージなんて全く湧かない。唯一希望があるとすれば『狂気の人斬り』と化した状態のエイゲンだが、それは万全の状態に限られる。こんな傷だらけでは到底不可能だ。そもそも今は意識すら戻っていない。

「ねえねえ、アリカちゃん」ジェンヌとアリカが頭を抱え深く考え込んでいたところで口を開いたのは、それまでずっと大人しかったキリネだった。「マスターさんは、どうやって操られてるの?」


「え? ああ、それは多分相手の意識が入り込んでいるか、ユイトさんが操られていると思い込まされているかのどっちかだと思うけど……」

「じゃあ、あやつられてなんかないよって、教えてあげればいいんだね。それならキリネ出来るよ」


 アリカが「どうやって」と聞くよりも早くキリネが動き出し、ジェンヌとエイゲンの手を握った。それから「みててね」とキリネが薄っすら微笑むと、突然ジェンヌが意識を失いその場に倒れた。


「はァ!? リュ、リュウちゃん!?」


 突然の出来事に酷く狼狽えながらアリカは素っ頓狂な声を上げてジェンヌの元へ駆け寄った。どんなに声を掛けようと揺さぶろうとジェンヌが目覚める気配はないが、血の気の無かった顔色が少しずつ良くなっていくことに気付くと飛び退いた。よく見てみればエイゲンも同様に顔色が良くなっている。

 何が起きているのか。彼女が何をしているのか。頭をフル回転させて考える。考える。よく分からない。全く分からない。傷が治るということは二人に『傷が治った』という強いイメージを植え付けたということだ。理屈は分かる。だがその手段が分からない。

 あまりにも分からなさすぎて、得体の知れぬその力にアリカは恐怖する。じっとりと脂汗をかいているような気さえした。


「キリネね、マスターさんにこれ貰ったの。いいでしょ」


 そんなアリカの心境を知ってか知らずか、キリネは幸せそうな笑みを浮かべてそう言った。『これ』とはキリネが首に巻いている紅葉色のスカーフのことを指している。


「これをつけてるとね、キリネ記憶の中に行けるんだよ。あとね、ほかの人もつれていけるの。それでね、なんでもできるの」

「なんでも……」

「うん、なんでも」


 余計に訳が分からなくなった。否、分かっているがアリカの頭が理解を拒んでいた。『記憶の中に行ける』『記憶の中に他人を引きずり込める』ということの意味が分からない。確かにこの世界は強く思うことでなんでもできる世界だが、それは基本的に自分だけだ。例外として今回の『祟り神』のように幻覚を見せるなどして強制的に思い込ませることが出来る。だが、キリネがやっていることはそれを遥かに凌駕する。他人を全く別の意識の中に連れていくことが出来る。それは『祟り神』と呼ばれるものよりもよっぽど『神』らしい力だ。


「キリネちゃん……貴方は、一体」

「んー、ナイショ」


 まだね、と人差し指を立ててそう笑うキリネの顔には子供の様な無邪気さなど無かった。

 それからキリネが二人から手を放す。それと同時に二人の意識が戻り、何事もなかったように二人が起き上がった。


「えー…っと、あれ? なんで私寝てたのかしら」

「さあ? とりあえずサイのところに戻ればいいんだよな、アリカ」


 二人は自分の体勢に不思議そうな顔をしたものの、深くは気にせずに話を始めた。サイのところに戻る、なんて話をアリカは一度もしていない。状況が飲み込めず、アリカは混乱するばかりだ。


「包帯はしたまんまでいいんだろ? ま、出来るだけやってやるよ。任しときな」

「エイゲンの演技に期待は出来ないけどね。キリネちゃん、私から離れちゃだめよ」

「うん!」


 エイゲンもジェンヌもすぐに立ち上がって扉の方へ向かう。ジェンヌに手を差し出されるとキリネはその手を握って元気よく返事をした。

 キリネが連れて行ったという記憶の中で話を進めたのだとアリカが気付いたのは、去り際にキリネが一度だけ振り返って悪戯っぽく微笑んだ顔を見た後だった。

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