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世界を歌うレコード②

「話を始める前にこちらお返しします。ありがとうございました」


 キリネが出て行ったのを見届けるとアリカはそう言って小袋をサイに手渡した。その顔には先ほどまでの笑顔は無い。全くの無表情だ。

 小袋の中身は確認せずとも分かっている。イロハの記憶の宝石だ。これを返してくるということは、アリカの言う『解明したい謎』がある程度解決したということを意味する。


「……ああ、レコード。買ってくれたんですね」

「……キリネが口ずさんでたからね」


 サイから視線を外したアリカの目に映ったのは、先ほど買ってきたばかりのアリカの新曲のレコードだ。それを見るなりアリカの表情が少し和らいだようにも見える。だがそれは一瞬のことで、すぐにアリカは表情を消した。そして少し息を吸った後、改まったように言う。


「ある程度の謎は解明されました。それを今からお話しします」


 その顔はみんなに愛されるアイドルのものではなく、謎に真摯に向き合う探偵のそれだった。

「まずは私が抱いていた謎からお話ししましょう」言いながらアリカはコツコツとゆっくり歩き、レコードが置かれている方へと向かう。「一番最初の謎は一つ。イロハさんは本当に死んでしまったのか否か……貴方が一番知りたいことでもありますね」

 レコードの目の前まで辿り着くと、アリカはそれを手に取りサイに見せるように持ち上げた。


「その答えが、これです。

 これを見つけられたのはほぼ偶然みたいなものでしたが、まず間違いないでしょう。役場で昔の記録を見ていたら、ところどころ不自然に曖昧なものが出てきたんです。

 曖昧な部分自体にはなんの一貫性もありませんでしたが、共通点だけはありました。『確かにその出来事は起こったし、確かにその出来事に関わった人物がいたはずなのに、その人物に関する記録が一切ない』、それが共通点です。現在の住人、かつての住人……そのどちらからも記録が消されている人物が、おそらくそれに合致するのでしょう。こればっかりは確認のしようがありませんけどね。何しろ記録そのものがありませんから。

 『記録から抹消された人物』は各地の役場の記録にも見られました。つまりこれはこの土地特有の現象ではない。この世界における現象です。記録されている出来事の関係者にも話を聞いてみましたが、全員『記録から抹消された人物』に関しては殆ど何も覚えていませんでした。声も、顔も、名前も。『そういえばそんな人物がいたような気がするが、それ以上のことは思い出せない』、というのが聞き込みから得られた答えです。

 誰からの記憶にも残らず、どんな記録にも残らず、初めからそんな人物なんて居なかったように、この世界のどこにも見つからない。文字通り、存在が抹消されている。それはもう、『死』と定義づけて問題ないというのが私の見解です。

 一応裏付けとして、役場に残る死を迎えた魂の記録と照らし合わせてみましたが、合致しましたよ。人数。それが本当にイコールなのかは分かりませんが、その辺りの真偽はその道の方がどうにか調べるでしょう。今ここでは『世の中には存在が抹消されている人物もいる』という事実があるということだけ分かっていただければ良いです。

……さて、これを踏まえて最初の謎に戻りましょう。『イロハさんは本当に死んでしまったのか?』

 答えはNOです。私たちは、イロハさんの名前を知っています。顔も声も覚えているし、彼女に関する記録も記憶もしっかりと残っている。イロハさんは……いえ、かつてイロハさんだった魂は今もどこかにいらっしゃるでしょう」


 はっきりと、濁すことなくアリカはその事実を述べた。それはサイが何よりも欲しかった答えだった。イロハはあの日死んでなどいなかった。その答えだけでも、サイの中にわだかまるものがスッと消えていくような気がした。

「しかし、」ここでアリカの話は終わらない。むしろこれからだ。こんな答えだけではアリカは納得しないし、サイも満足は出来ない。「ここで次の謎が生まれます。……『あの日死んだのは誰だったのか』という」

 それはアリカの新曲の歌詞を見てサイも抱いた疑問だった。あの日、誰かが死んでいるのは確かなのだ。イロハが死んでいないと分かった以上、気にする必要もないことなのかもしれないが、もしそれが分かればイロハが死んでいないという説を確実なものにできるだろう。


「死者の証明というのは本当に難しかったです。何しろ誰の記憶にも、何の記録にも残らないわけですから。存在が曖昧なものを見つけるということぐらいでしか証明が出来ませんが、それを探すのも骨が折れるわけで。まあ、見つけたんですけれど。

 本当に、盲点でした。……いや、記憶から消えてしまっているから思い付かないのも無理はないんですけどね。どうです? なんとなく、名前も顔も思い出せない誰か、思い浮かびませんか?」

「……いや」

「でしょうね。だからこそ貴方は私の話を聞きたくて仕方ないんですから。これも、一度知ってしまうと本当に滑稽でならないんですけどね」


 くつくつと笑ってもったいぶるように話すアリカ。なかなか結論を言わないあたり性格が悪い。あまりにも焦らすのでサイは少しずつ苛立ちを募らせていた。アリカはそんなサイの様子を分かっていてわざと引き延ばしているようだが。自分の苦労を思い知らせるためにこんな話し方なのだろうか。

「あの日、本当に死んでしまった人物……それは、」ようやく答えを言う気になったらしい。アリカは最後に一呼吸置くと、とびっきりシニカルな笑顔でだけど口調は淡々として言った。「イロハさんを殺したとされている人物です。今となっては彼なのか彼女なのかもわかりませんが、ね」


「……は?」


 その事実をサイはすんなりと受け止めることが出来ない。

 イロハを殺したとされている人物。あの日サイの目を潰し、イロハを切り裂いた憎き人物。七年前からずっと追い続けていた人物。それが既に死んでいる。七年前のあの日に死んでいる。その言葉をサイはどう受け止めていいのか分からない。


「信じられないですよね。私も信じられませんでしたよ。でも思い当たる節がありますよね。こんなに憎いのに、こんなに想い続けているのに顔も思い出せないし名前も分からない。男だったような気がするけど、本当に男だったのかもわからない。着物を着ていたかもしれないけど、それは小刀を持っていたからそうだと思い込んでいたのかもしれない。ハッキリわかるのは小刀であなたの目を潰して、イロハさんの喉元を切り裂いたことだけ。『そんな人物がいたような気がするけど、それ以上のことは思い出せない』という共通点にも合致するんです。合致、してしまうんですよ」

「……そんなの、嘘だ」

「嘘じゃありません。事実です。お預かりしたイロハさんの記憶にハッキリ残っているはずの姿がほとんど無いわけですから。得られる情報はそれ以上に無いんです。なんなら、今確認しますか?」


 確認する気にはなれなかった。本当はどこかでアリカの言葉を認めてしまっているからだ。こんなにも憎いのに、復讐したくてたまらないのに、ほとんどのことが思い出せないのだ。始めはイロハを喪ったショックで記憶が混乱していているからだと思った。だけどそうではない。そうではないから七年経った今でも何一つ手掛かりも見つけられないでいたのだ。


「あの人は、七年前のあの日、あなたが殺したんです。死ぬ瞬間は見ていなかったとしても、あなたから受けた傷が致命傷となってあの人は死んだんです。あなたは、とっくに仇を討っていたんですよ」


 そう言われて「はい、そうですか」とはならない。理解は出来ても納得は出来ない。受け止めることなど到底できない。認めてしまえば、受け入れてしまえば、この七年間は何もかもが無駄だったのだと認めてしまうことになる。七年間抱き続けた恨みも、集め続けた記憶も、何もかもが無意味だった。もうとっくにいない人物に、できもしない復讐心を抱き続けて、本当に滑稽だ。


「……さて、それではこれからの話をしましょう」


 厳しい現実を突きつけても尚、アリカの話は終わらない。むしろここからが本題だと言わんばかりの表情だ。サイに話を聞いていられるような余裕がなかろうと構わず話を続ける。


「イロハさんの話です。彼女は恐らくあちら側へ無事に転生しているでしょう。何に転生したのかまでは分からないし、彼女の魂がまたこちら側に来ているかどうかは分かりません。ですが確実に言えることが一つ」


 言いながらアリカは窓の外に目を向ける。そこには誰もいない。誰もいないということを確認したかったのかもしれない。


「キリネちゃんは、イロハさんの生まれ変わりなんかじゃありません」


 その声は今までとは打って変わってどこか恐怖を孕んでいるようだった。窓の外をみて誰もいないのを確認しても安心できないのか、アリカは窓を開けて身を乗り出し窓の外を見る。やはりそこには誰もいない。だけどアリカは安心することが出来ない。

 衝撃の事実を突きつけられて平然を保てないでいるサイから見ても、その行動が異常であることは十二分に分かった。あまりにもおかしな態度に、逆にサイは冷静さを取り戻していった。

 キリネはイロハの生まれ変わりではない。あんなに似ているのに、確実に違うと言い切れるその根拠は一体何なのだろうか。それに、どうしてその話をするだけでアリカはこんなにも怯えているのだろうか。アリカは何を知ってしまったのだろうか。キリネは、一体何なのだろうか。

 現実逃避するように、先ほどまでの話を忘れてしまえるように、サイの脳裏には次から次へと疑問が浮かぶ。だけど、もしかしたらここから先のアリカの話は全く耳に入らずに、先ほどまでの話のことだけを考えていた方が幸せだったのかもしれない。

 意を決したように、アリカは口を開く。


「……あの子は、七歳の可愛いだけの子どもじゃありません。多分、人間の魂ですらないのでしょう。

 イロハさんのその後を追うために、様々な資料を読みました。『死』について調べるために、今の住民も、かつての住民も、新しく入った住民も一通り目を通しました。だけど、そのどこにも見当たらないんです。……キリネという少女は、役場の資料のどこにも記録されていないんです。

 もしかしたら、別の管轄の住人なのかもしれないと考えました。でも、どんなに調べてもキリネという名前はどこにも出てきません。出て、来ないんです。人間の魂であれば確実に記録がされているはずなのに」

「あたしが、役場を通してないから記録がないってだけじゃ……」

「あり得ません。知らないかもしれませんが……役場を通していない魂も、ここで暮らし始めたらその情報は役場に届くんです。役場が管轄する地域にいる魂は、すべて役場で把握しているんですよ。……にもかかわらず、キリネちゃんは役場の記録に無いんです。役場で把握できる魂じゃないんですよ」


 理解が追い付かないからだろうか。ことの重大さがまだ実感できない。

 人間ですらない。だけど人の形をしていて、イロハにそっくりで、見た目だけじゃなく中身もイロハを思わせるものがある。一体、何故。


「あの子には記憶を視る力があるって言ってましたよね。それを使って、あなたの記憶を視て、イロハさんの真似をしているのだとしたら……あの子は、最初からあなたを狙っているのかもしれない」


 ()()()さん。とアリカは真っすぐにサイの目を見て言った。その名前で面と向かって呼ばれるのは随分と久しぶりのことだ。ユイトという名前は、イロハがいなくなったあの日に捨ててしまったから。


「ユイトさん……これは忠告です。あの子とは距離を置いた方がいい。最初に出会った時からあの姿をしていたのなら、あの子はユイトさんのことを知っていて接触してきたということになるんですから」


 最後にそう言ってアリカは店を後にした。

 残されたのは抱えきれない情報と、置き去りにされた感情。

 サイは、ユイトは、そのどちらともどうすることもできず、茫然と立ち尽くすのだった。

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