白熱の雪合戦②
毎年恒例の雪合戦は、雪合戦が出来そうな程度に雪が積もった日に唐突に行われることが多い。
ルールは簡単で、チームを組んで雪玉を投げ合い、相手陣地にある旗に雪玉を当てるか、相手を全滅させた方の勝利だ。三回雪玉を当てられてしまったら退場となるが、道具や能力を使って雪玉を打ち返すのは可能。かなりハードな戦いになることから、回収屋達の中では昔から訓練の一環として行われている。
この雪合戦に勝利することは一種のステータスにもなっている。
サイとキリネがエイゲンに連れられて雪合戦会場にやってくると、既にそこでは白熱した試合が行われていた。見物人も多く、歓声がより一層場を盛り上げている。
両チーム共雪でできた低い壁を自陣に持ち、そこを起点に雪玉の応酬を繰り広げている。方や壁の上に大砲を設置して特大の雪玉を発射し、方や壁の影からトリッキーに現れては細長く作った雪玉をナイフ投げの要領で弾幕を作るように投げては消えていく。どちらのチームも何人か脱落者が出ており、残り二人だけで戦っている。ちなみに、脱落者の内一人は雪玉の当たりどころが悪かったのか気絶してしまい、救護テントに寝かされていた。
「へえ、中々良い弾幕だね。大砲の方は一撃必殺狙い?」
「多分な。一人があれをもろに喰らって寝てるよ。まー、あれを頭に喰らって耐えるならそっちがバケモンだわな。俺でも無理だ」
密度の高い雪玉の弾幕を、大砲から発射された雪玉が吹き飛ばしつつ壁へと激突していく。彼らは大砲の軌道と同じ直線上に立って弾幕をやり過ごしているようだ。タイミングを間違えれば三発では済まない雪玉を喰らい即アウトになることだろう。一方で、相手方は弾幕を放つ側は放った直後壁に隠れているので直撃は免れているが、雪玉を受け続けている壁がそろそろ限界を迎えそうだ。まもなく勝敗が決するだろう。
「あの壁がくずれちゃったら負けちゃうのかな。ばばばーってすごいのに」
試合の様子が見やすいように、とサイに抱きかかえられているキリネは、繰り広げられる雪玉の応酬を観ながらそう呟いた。
それに対し、サイとエイゲンは明確なことは言わず、ただ楽しそうに微笑んで「みててごらん」とだけ言う。その直後のことだった。
派手に破片をまき散らしながら雪で作られた壁が砕けた。とうとう大砲の威力に勝てなくなってしまったのだ。そして、壁を破壊できたのを確認すると大砲を撃っていたのとは別の人物が立ち上がり、構えていたガトリング砲で乱射し始めた。もちろん弾丸は雪玉だ。恐らく、ずっと隠れている間このための雪玉を作っていたのだろう。ルール上、雪玉を作り始めていいのは試合開始の三分前からだ。そんな短い時間だけではガトリングを乱射できるだけのものはつくれないだろう。
壁が破壊されるとほぼ同時に隠れていた者が飛び出て、ガトリングから放たれる雪玉から逃れるため縦横無尽に駆け回る。連射される量が多いとはいえ、横に広がって放たれるわけではないのでなんとかやり過ごすことが出来ている。だが、反撃には手が回らなさそうだ。ガトリングで撃たれてしまうのが先か、それともガトリングが弾切れを起こすのが先か。
「キリネ、上を見てごらん」
「上?」
ガトリングとの追いかけっこをハラハラしながら見守っていたキリネにサイがそう声を掛けた。キリネが言われたとおりに視線を向けると、何故か上空に人影があるのが分かった。逆光になってしまい、それが誰なのかは分からないが。
「……あッ」
再び視線を落としたところでキリネはその人影が誰なのかに気が付いた。
両チーム共に二人ずつ残っていた筈なのに、今ガトリングから逃げ回っているのは一人しかいない。つまり、あれは。
「ぎゃああああああああああああッ!?」
ドドドドド、と大量の雪玉が降ってくる音と共に二人分の間抜けな悲鳴が響き渡った。勝負ありだ。
「さて、勝者が決まったわけだが……もちろん挑戦するだろ?」
ひと際大きな歓声が上がった後で、審判のような人物がこのチームへの挑戦者を募っている。そのアナウンスを聞きながらエイゲンはにやにやと笑ってサイに言った。
特に明確な決まりがあるわけではないのだが、雪合戦では勝者が決まると腕に覚えのあるチームが勝ったチームへ挑戦をする。挑戦者を返り討ちにすればするほど実力が認められ、知名度も上がり、ついでに会場が盛り上がる。
聞いておきながらサイに決定権など無いらしく、エイゲンはサイを連れて審判の元へずかずかと歩き出した。そして高らかに言う。
「こいつが挑戦する。今やり合った二チームとこいつで勝負だ」
「はァ?」
あまりに傲慢なことを言い出すエイゲンにサイが異を唱えようとするが、悲しいかなそんなものは聞き入れられない。サイを見るなりテンションが上がった審判が張り切って二チームとサイの試合を宣言してしまい、サイは逃げ場が無くなってしまった。
「……覚えてろ、エイゲン」
「はっはっは、もう忘れたね」
恨めしそうな目で見るサイをエイゲンは笑い飛ばす。それからどこからともなく鉄バットを持ってきてサイに差し出した。「これが必要だろう?」と言わんばかりのどや顔だ。
サイはため息をつくと、やがて諦めがついたのか抱きかかえていたキリネを下ろし、エイゲンから鉄バットを受け取った。二人から少し距離をとると、バットの感触を確かめるように何度か振る。どうやら二チームに対し、このバットで応戦するらしい。
「あー……そうだ、せっかくだからキリネ、一緒に出てみない?」
そのまま準備運動をしようとしたサイだったが、ふと思いついたのかキリネの方を見てそんなことを言った。もちろん、キリネは飛び切りの笑顔で「出る!」と即答した。
二人が準備運動を終えるころには、相手チームもすっかり準備が出来ていた。二チーム合同で二人を相手にするなんて随分となめられた話に、ほんの少し苛立っているようにも見える。しかし、一応サイのことは知っているようで、それに対し声を荒らげて文句を言う者はいなかった。
低い壁が二つ作られ、両者は各々の壁の近くに立つ。相手チームは人数が九人になってしまった為、壁が通常の二倍の長さで作られていた。旗は壁の後方に立てられている。通常、被弾を避けつつ旗を守るために壁と旗の間ぐらいに立ってそこから雪玉を放つものなのだが、サイはバットを構えたまま壁の手前に立っている。まさか、放たれた雪玉を全てバットで打ち返すつもりなのだろうか。会場はにわかにどよめいていた。
雪玉を作り始めていい三分間が始まる。しかしサイは一向に雪玉を作ろうとせず、壁の後ろにいるキリネを眺めてニコニコと微笑んでいる。
「見ての通りアタシから投げることは無いから好きなだけ投げてきなよ。アタシを倒せばアンタ達の勝ちだよ」
三分が経とうとする直前にサイはキリネから目を離してそんなことを言った。そして特別構える様子もなく、バットを右手に持ったまま壁の前に立ち続ける。
その数秒後、審判の合図で試合が始まった。
相手チームの面々はサイの物言いにあっけにとられたようだったが、合図を聞くなり一斉に雪玉を放った。その濃密な弾幕は先ほど行われていた試合の比ではない。弾幕の中には大砲から放たれた雪玉も混じっている。逃げ場はどこにもない。
「……三名アウト!」
審判の声が響いた。それはサイではなく相手チームの三人が被弾したことを告げている。会場はしんと静まり返った後に、目の前で繰り広げられた訳のわからない光景に驚愕の声を上げた。
無理もない。サイは大量の雪玉を一発の打ち漏らしもなく、自分より後ろに到達させることなく全てバット一本で打ち返して見せたのだから。被弾した三名はサイが打ち返した雪玉をよけることが出来なかったのである。
「ッは! はは! ははははははははッ!」
目にも止まらぬ速さで全ての雪玉を打ち返すサイは、だんだんに楽しくなってきたのか心底愉快そうな笑い声をあげた。だが、動きが速すぎるあまり分身しているようにも見えるサイの笑い声は、傍から見れば恐怖ですらある。この状況で笑える意味も分からなければ、そもそもその動きを出来る意味も分からない。後ろにいるキリネと旗を守るため。上下左右どこにでも移動してバットを振り続けるその姿が鬼のようにすら見える。実際サイは鬼に変化することが出来るのであながち錯覚でもないわけだが。
雪玉の準備が出来たらしく、ガトリングが登場し放たれる雪玉の数が激しさを増す。しかしそれは放った側の首を絞める一方だった。ガトリングの威力に負けぬようサイも打ち返す力を強めたので、それまでの雪玉とは比べようもない威力と速さで雪玉が返ってくる。どうやら、打ち切れない雪玉は打ち返した雪玉をぶつけて跳ね返しているらしく、雪玉の動きが徐々に不規則になりつつあった。これが更に災いして、予想だにしていない軌道で雪玉が返ってくるものだから知らぬ間に被弾数が増えていく。一人、また一人と脱落していき、全員が脱落してしまうにはもはや時間の問題だった。
サイが左目を包帯で覆っているからだろう。そちら側に死角があると踏んで、大きくカーブするように放たれる雪玉の数も少なくはなかったが、サイはものともせず余裕の表情で打ち返していく。全く左側を見ることなく雪玉を打ち返すこともあったので、実は左目も見えているのではないかと疑いすらした。それ程までにサイの動きは圧倒的だった。
「そこまで!」
激しく雪玉が飛び交う中、唐突に審判の声が響き渡った。もちろんサイは脱落していない。それどころか、一発だって被弾していない。しかし、かといって相手チームが全員脱落したというわけでもなかった。
チーム全員が脱落していないのに試合が終了するということは、理由は一つしかない。旗が倒されたのだ。
観客は皆呆気に取られながら同じ方向を向いている。その視線の先にあったのは、旗を押しつぶした大きな雪玉と、その隣でもう一つの雪玉をいそいそと作るキリネだった。
「まぁ……一点だけに気を取られてたらダメってことで」
バットを下ろすと、サイはキリネの方へのんびりと歩きながらそんな事を言った。先程までの気迫溢れる笑みとは打って変わって、爽やかで悪戯っぽい笑みを浮かべている。
サイは試合が始まる前、キリネにやって欲しいことを話していた。雪だるまを作れるような大きな雪玉を作って、それを転がしながら敵陣の旗を倒して欲しい、と。キリネの腕力では雪玉を投げても向こう側にまで飛ばないだろう。だが、一緒に参加するのだからキリネにも活躍してもらいたいし、なんならキリネの手で勝ちたい。そう考えた結果の作戦だった。
キリネはサイの言う通り雪玉を大きく大きく作り、雪玉が飛び交う隣を通り抜けて旗を倒しに行った。時折、普段あまり見ることのないサイの戦う姿に見惚れながら、初めての雪遊びに心を踊らせて。
そんな姿を観客はずっと見守っていた。サイの超人的な動きに唖然としながらも、雪遊びをする可愛らしいキリネの姿を。こんな下らないとも言える、笑ってしまうような試合は他に無いだろう。
「マスターさん、これ乗っけて欲しいの」
「はいよ」
誰もサイに勝てるとは思えなくて、サイに挑戦する者は居なかった。挑むとするならば、来年の雪合戦だ。それまでにサイに勝てるだけの実力を身につけようと密かに心に誓って。
だから、雪合戦は自然と終わって、この場所はただの雪遊び会場となってしまったのだった。




