錦秋のストール②
モクテルの作り方を教えている間にストールたちはすっかり乾いていた。
一月から十二月までの色で染めたストールは、どれも長く染め剤につけていた先端の方が濃い色をして、緩やかなグラデーションを描きながら中心に行くにつれ色が薄くなっているのだが、それぞれ色合いが異なる。例えば、一月のストールは椿を連想するような濃いピンクや雪のような白、所々に混じる深緑が淡く入り混じっている。七月のストールは星空だ。濃く深い青から薄明るい青まで、雲のような複雑な色むらと共にグラデーションを描き、模様をつけたわけでも無いのにその中に無数の星が散らばっている。その月の美しい風景を見ているような気になれて、見ているだけで楽しい仕上がりだ。
その中でも一つ、キリネの目を一番に引くものがあった。十一月のストールだ。
十一月のストールは紅く染まった紅葉の色だ。ストールを見ているだけで紅葉の並木道を眺めているような気分になる。
無意識のうちにキリネはそれに強く惹かれており、気付けば十一月のストールを手に持っていた。それとほぼ同時に、キリネの中にストールに込められた記憶が流れ込んでいく。
「キリネッ!? 急にどうした? 何か怖いものでも……?」
そんなキリネを見るなりサイはギョッとした。キリネが静かに涙を流していたのだ。
心配するサイにキリネはふるふると首を横に振るが涙は一向に止まる気配を見せない。それどころか、涙の量は次第に増えていき、大粒の涙が出来たばかりのストールを濡らした。
すると、ストールが突然キリネの意識を飲み込み、キリネはその場に倒れてしまった。
「あれぇ……」
気がついたとき、キリネは紅葉の並木道に立っていた。ストールを見てイメージした通りの美しい紅葉が全て紅く染まって視界を埋め尽くしている。桜のペンダントの時に見た景色と似ている、とキリネは思った。
だが、桜のペンダントの時とは確実に違うことがある。
「……こっちかな」
それは、キリネがこの景色のことを知っているということだ。
「んー……と、並木道を抜けて、おっきいお屋敷を右に曲がって……」
迷うことなく歩みを進めながらキリネは記憶の中に鮮明に残る場所を目指して歩く。並木道を抜けると、キリネの記憶の通り大きな屋敷に突き当たり、そこを右に曲がってしばらく進んだところでキリネは歩みを止めた。
「……あった」
悲しげに言うキリネの前には並木道の紅葉よりも遥かに大きい、一本の紅葉の大木があった。
紅葉の大木は悠然とそびえ、大きく広がった枝の先につく葉はこの辺りで一番紅く、美しく色づいていた。
そんな紅葉の姿をみて、またキリネの瞳にジワりと涙が浮かぶ。それはまるで、愛しい人と決別した地を眺めるような表情だった。
涙を拭いてキリネは紅葉にゆっくりと近づく。幹の隣までくると、両手を添えつつ額を幹にくっつけた。流石に、記憶の中にある木の記憶が視えるというわけではない。だけど、こうして木に寄りそうことで木の鼓動のようなものを感じていたかったのだ。こうしていれば、記憶の中にあるあの時に戻れるんじゃないかと、そう思って仕方なかったのだ。
しばらくして気持ちが落ち着いてくると、キリネは額をくっつけるのをやめて、紅葉にもたれ掛かるようにしてその場に座った。
辺りはとても静かで、時折風が葉を揺らす音だけが響く。人や鳥もまばらに通るが、どれも影しか見えず、大きさの判別ぐらいしか出来ない。
きっと、この記憶の中ではっきりと意思があるのはキリネだけだ。だから、いくらここで待っていようと、誰かキリネの知る人物がここを通ることはない。
分かっている。
それでも、待ちたくなってしまう。
ぼんやりと景色を眺めながら、キリネは失っていた自分の過去をハッキリと理解しつつあった。ツンと鼻先を刺激するこの記憶は、キリネがまだあちら側で生きていた時のものだ。それもまだ、キリネがキリネではなかった頃。今よりも随分と遠い過去の記憶だ。
キリネの記憶の中では、かの人と最後に過ごした場所がここだった。その後、かの人がどうなったかは知らない。あちら側でまたこの場所に行って記憶を探れば分かるだろうか。キリネはそんなことを考えていた。
冷たい秋風が通り、キリネは少し身震いした。
そんな中、ふと出来上がったばかりのストールのことを思い出した。あのストールがあればこの寒さを凌げるだろうか。この並木道のような紅色をしていたけど、その手触りはどうだっただろうか、など。
「え?」
ストールについての想像を広げていくと、少しずつキリネの小さな手のひらの上に淡い光が集まり、それはやがて質量を持ち、最後にはキリネが想像した通りのストールになった。
ストールは柔らかく、軽い。引っ張ってみたり、試しに首に巻いてみたりしてみたがストールが消えてしまうことはなく、巻いたストールは考えた通り肌寒い風から守ってくれた。薄いように見えるのに随分とあったかい。
それにしても、想像を具現化できるとはどういうことだろうか。これがストールの記憶の中だからストールが具現化できたのだろうか。それとも、全く別の想像も具現化できるのだろうか。
寂しい気分に浸っていたキリネはすっかりそんなことを忘れ、不思議な現象に興味津々になった。それから検証のために、今度は目の前の景色にも、ストールにも関係のないものを想像してみる。
ぱっと思い浮かぶのはサイのことだ。でも想像したところでサイ本人が現れるわけではないだろうからと、サイをモチーフにしたぬいぐるみを想像してみる。
想像しているうちに、サイは動物に例えるとしなやかな黒猫かな、とか、今のサイは左目が見えないけど、ぬいぐるみにするなら左目が見えていてもいいな、などと考えてしまっていた。そして最後にはストールと同じように質量をもった光が手のひらに集まってぬいぐるみの形になっていく。
ぬいぐるみは想像した通り、オッドアイの黒猫の姿だった。
「キリネの、能力……?」
二回連続で成功するとそんなことを考えるようになる。
どういうわけか、記憶の中でなら思い通りにものを生み出せるらしい。それが今だけのことなのか、それとも今後もできるのかは分からないが。しかし、今後も同じことをするのであれば、記憶の中に自由に出入り出来るようになる必要があるだろう。それを試すためにも、まずはここから脱出する術を探さなければ。
「……出口はドアみたいな形がいいなぁ。マスターさんのお店のドアみたいなの。ガチャって開けてドアを潜ると、記憶の外で目が覚めるの」
今度は手のひらに収まるような小さなものではないので、立ち上がって目を瞑りながらイメージしやすいよう声に出してみる。しばらく念じるように目を瞑って、それからゆっくり目を開いてみると、目の前にポツンと扉が現れていた。それはキリネのイメージ通り、サイの店の扉と同じデザインだ。
ここまでいくとキリネの能力だと確信が持ててくる。
キリネは最後に名残惜しそうに紅葉
の大木を眺めてから、現れた扉のノブに手をかけ開き、扉の向こう側へと踏み出した。
「キリネッ!」
目を開くと、心配そうに顔を歪めながらキリネの顔を覗き込むサイの姿があった。サイの太腿を枕にしてキリネは横になっている。
夢から醒めたばかりのような感覚のキリネは、ぽやぽやと瞬きを数回繰り返した後に「おはよ、マスターさん」と声をかけた。その惚けたような発言にサイは脱力したように息を吐く。
「よかった。そのストールに触ってすぐ、キリネが倒れたんだよ。倒れる前に泣いてたし……大丈夫? なんともない?」
「うん、キリネは大丈夫。あのね、ちょっとだけ記憶の中にいたの」
十一月のストールはキリネが握ったままだった。視ようと思えば先ほどまでいた並木道が視えるが、特に何も考えなければ記憶が流れ込んでくることはない。桜のペンダントの時と一緒だ。
「キリネね、知ってる場所がみえてびっくりしちゃったの。でも怖いことはなかったよ。本当だよ?」
心配するサイを安心させるように、キリネは笑って言った。その笑顔を見るだけで、緊張したサイの心は解されていくのだから不思議だ。二人はそのまましばらく笑い合った。
その後、十一月以外のストールで同じことが起こらないかをしっかりと試した後、十一枚のストールはサイの店に並ぶことになった。
十一月のストールは桜のペンダントと同じようにキリネの持ち物になった。知っている風景なら、キリネが持っていた方がいいと歳が言ったのだ。
「あら、キリネちゃん。綺麗なストールしてるわね」
「うん! マスターさんが新しく作ったの。お店にも出てるよ」
その日からキリネは紅いストールを身につけるようになった。それを見たジェンヌが十一枚のストールを見てどれを買うか頭を悩ませるのはまた別の話である。




