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錦秋のストール①

 記憶を混ぜて紡いだ糸を縦と横、交互に交差させて織っていく。糸を通しては詰め、通しては詰め、同じ動作を何度も繰り返していくうちに糸は布へと形を変えていく。


「ッ、あー……終わった……」


 永遠に続くような作業も繰り返していればいつか終わる。とは分かっていても、中々の苦行だった。それをなんとかやってのけたサイは、織り機から糸を外して端の処理を済ませると、そのままばたりと後ろへ倒れ込んだ。その傍らには今出来上がったばかりの布と同じサイズの布が十一枚ほど積まれている。


「マスターさん、きゅーけー?」


 サイの声を聞きつけて作業場にひょっこり顔を出したのはキリネ。その手にはお盆があり、お盆の上には飲み物が注がれたグラスと一口大のケーキがいくつか盛られた皿がある。

 キリネの声を聞くと、サイはむくりと起き上がってキリネの方へ寄った。物だらけの作業場に、物を乗せたお盆を持って入るのは至難の業だからだ。サイが動き出したのを確認すると、キリネは作業場横にある机へお盆を置いた。ちなみにこの机は最近になって設置したものだ。


「今日はね、コミツおねえさんに教えてもらったケーキ作ったんだよ! あとねあとね、このお茶がケーキに合うんだって教えてもらったの!」

「うん、すごく綺麗にできてるよ」


 サイに褒められるとキリネはくすぐったそうに目を細めた。

 皿に盛られたケーキは全部で六種類。ピンクや緑、黄色など様々な色合いで形も少しずつ違う。例えばチョコレート色のスポンジに白いクリームを挟んだキューブ型のケーキもあれば、小さなロールケーキを縦に置いて、その上にクリームと苺を乗せたケーキもある。スポンジ生地のものだけでなく、小さな木の実を積んだタルト生地のものもあれば、幾つもの層が美しいパイ生地のものもあった。

 約束をしてから何度かコミツにケーキの作り方を教わっていたキリネだったが、まさかここまでの腕前になっているとは夢にも思わなかった。料理に関する記憶を中心に取り入れていたとはいえ、キリネにここまでの能力があることにサイは内心で驚いていた。


「そういえば、ケーキが出来たらコミツとジェンヌのところに持っていくんじゃなかった? アタシが食べてもいいの?」


 乾いた喉をアイスティーで潤しつつサイはそんなことを言うが、目の前のケーキを誰かにやるつもりなど毛頭なかった。ケーキが特別好きと言うわけではないが、キリネが作ってくれたものを他の誰かに渡してやる気は更々無いのだ。

 その気持ちはキリネも同じだったらしい。


「これはマスターさんのために作ったからマスターさんに食べて欲しいの! コミツおねえさんとジェンヌちゃんの分はあとで持ってくよ。キリネね、一番最初に食べてもらうのはマスターさんがいいの」


 ここまで言われると自然と頬が緩み顔がにやけてしまう。サイは顔がニヤけるのを必死に堪えつつ、「そうか」と短く言ってケーキの一つに手を伸ばした。

「ねえねえ、マスターさん」サイが一つ目のケーキを食べ終えたのを確認すると、キリネは口を開きずっと気になっていたことを尋ねた。「マスターさんが作ってたのはなぁに?」

 サイが糸を紡いで布を織っているというところまでは知っていたキリネだが、それが具体的になんなのかというのは知らなかったのだ。サイが難しい顔をしながら布を織り続け、しかも同じようなものを十二枚も作ったのが不思議でならなかったのである。

「ああ、」とサイは言うと、一度席を立って作業場から織った布の内一枚を持ってきてキリネに手渡した。

 細い糸で織られているそれは見た目以上に柔らかく肌触りも良い。幅はあまり無いが、長さは二メートルくらいある。スカーフのようだ。だが、真っ白な糸を使っているため生地も白い。味気ないように見える。


「キリネが前に言ってくれたスカーフを作ろうと思って、まずは生地を作ったんだよ」

「キリネがマスターさんに言ったやつ? 記憶で色を染めるの?」

「そ。これからこれを記憶で染めていくんだよ」


 キリネの力で回収した大量の記憶の中には、やはり単体では形にしにくいものがいくつもあった。サイはそれらを集めて一つ一つ仕分けをしていった。基準は季節を感じられるかどうか。そこでもあぶれてしまったものを紡いで糸にし、その糸で織ったのがこのストールだ。

 そして、季節を感じられるものとして分けられたものはそこからさらに細かく分けられる。それが一月から十二月。この月別に分けたものを染め材にして、織ったストールを一つ一つ染めていくというのがサイの構想だ。だから真っ白いストールを十二本も用意したのである。

 キリネが作ったケーキを食べ終えると、サイは早速布を染める作業に入った。ここからはキリネも一緒に出来る工程なのでキリネも参加することにした。


「じゃあキリネ、全部の布をこの棒に引っ掛けて。ちょうど半分のところに棒がくるように引っ掛けてくれればいいから」

「分かった!」


 言いながらサイはキリネに細長い棒を十二本渡した。キリネが棒に布をかけている間に、サイはあらかじめ作っておいた染め材を用意する。まずは一月の記憶と二月の記憶からだ。


「出来たよ、マスターさん」

「ありがとう。それじゃあ、一つキリネも持って」


 キリネが十二本のストールを棒にかけ終えると、サイはそう言ってそこから一つをキリネに持たせた。それとは別のものをサイも手に取って、染め材が入った容器の上に吊り下げるように持った。


「こうやって持って、先っぽだけを染め材につけるんだよ。それで、少ししたらもう少し染め材に入れていく。一番最後まで入ったら、すぐに取り出して布を洗うよ」

「なんで最初から全部入れないの?」

「それは出来てからのお楽しみだよ」


 言いながらサイも内心でワクワクしていた。糸を紡いで一から布を織るのも初めてだし、真っ白な布を自分で染めるのも初めてだ。この染め方も偶然得た記憶を見様見真似で試しているだけなので実際どうなるかは分からない。もっと言えば、月ごとに記憶を分けて染め材にしただけなので、どんな色が出るのかも知らない。これが吉と出るか凶と出るか、それは仕上がりを見てのお楽しみだ。

 棒にかけたストールを最後まで染め材につけ終えたら水でしっかり洗い、干して乾燥させる。そして、乾いた時に初めて染めた色が分かるようになる。

 乾かしている間に他のものもどんどん染めていく。二人でやれば一人六枚ずつ。雑談を交えながらやればあっという間だ。


「マスターさん、そろそろ乾いたかな?」

「まだまだだよ。ほら、こっちにおいで」


 ストールが乾くのを今か今かと待ち兼ねるキリネを微笑ましく思いながら、サイはキリネを店舗スペースに手招いた。そのままサイはカウンターの内側に、キリネはカウンター席に座る。


「キリネが回収してくれた記憶はいっぱいあるからね。ちょっと作ってみたいものがあるんだよ。飲んでくれる?」

「飲む!」

「ありがとう。じゃあ作るから待ってて」


 ニコッと笑うとサイは何本かのビンと氷を取り出した。ビンにはそれぞれ種類の違う液体が入れられており、氷を入れた後でサイはジガーやバースプーンを使ってそれらをシェイカーの中に入れていく。シェイカーをセットしたら、それを手に持つと、上下前後に弧を描くように振った。

 手早くシェイクを済ませると、シェイカーの中身をグラスに注ぐ。鮮やかな桜色の液体が最後の一滴まで注がれれば完成だ。サイはグラスをキリネの目の前に差し出し言う。


「大丈夫、お酒じゃないよ」


 サイの言葉にこくんと頷いてからキリネはグラスに手を伸ばしその中身を一口飲んでみた。すると口の中に紅茶の風味と苺と林檎の甘みや酸味が広がっていく。蜂蜜の強い甘みもした。その後で、ふわりと一面に桜が咲いたような感覚に陥る。

 桜は一瞬で消えてしまったが、その不思議な感覚にキリネは目を丸くしながら辺りを見回した。


「ふふ、成功みたいだね」


 以前、居酒屋で記憶のカクテルを飲んだ時からずっと試してみたいと思っていたことだ。飲んだ後で混ぜた記憶が浮かび上がり、その景色が見えているかのような錯覚をもたらす。きっとあのカクテルはアルコールの作用があってのあの効果だったのだろう。ノンアルコールでは一瞬そんな気がする程度の効果しかないようだ。だが、それだけで十分な気がする。


「すごい! 綺麗だし、美味しいよ!」


 キリネはそれがお気に召したようで、はしゃいだように笑いながら残りを飲んだ。全てを飲み干した後でキリネは「これはお店に出すの?」と尋ねた。その表情にはどこか期待が見え隠れしている。


「あのね、お店に出すんだったらね、キリネもこれ作り方教えて欲しいなぁって。キリネもマスターさんみたいに、しゃかしゃかーッてカッコよく作ってみたい!」


 どうやらキリネはこれを作る工程含めてお気に召したようだ。あるいはこれを作るサイの姿が相当気に入ったらしい。目は光り輝いていた。


「いいよ。教えてあげるからこっちにおいで」


 こんな瞳で見られるとサイは弱い。思わず表情を綻ばせてしまいながらキリネを手招きして、サイはモクテルの作り方をキリネに教えてやることにしたのだった。

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