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仕事終わりの一杯①

その日、慌てたように騒がしくジェンヌがサイの店へ転がり込んできた。

 ジェンヌのただならぬ様子から、ロクでもないことが起こったと察したサイは深くため息をつき、不思議そうにジェンヌを見るキリネに目をやった。考えるのは勿論、キリネの安全だ。しかし話を聞かないことにはキリネの安全は確保できない。


「……で、どこの誰さんが何したって?」


 仕方なしに、サイは嫌々ながらジェンヌに問いかけた。

 サイの言葉に、ジェンヌは一瞬だけ「待ってました」と言わんばかりの表情を浮かべる。だが、それは本当に一瞬だけで、すぐに申し訳なさと、切羽詰まった感じが入り混じる表情に戻った。

 そんなジェンヌの表情に、サイはいよいよマズイぞと危機感を覚える。事情を聞いてやろうとするんじゃなかったと後悔するほどには嫌な予感が膨れ上がっていった。


「ちょっと前……夏祭りよりも前だったかしら。回収屋で一人、前世の記憶を取り戻したのがいるのよ」

「既に嫌な予感がするんだけど」

「その予感は多分当たりよ。そのおバカが暴れ出して、その上逃げたのよ。アリカにもお願いしてずっと探してたけど、未だにそのバカは見つかってないの」

「……なんか聞いたことあるな」


 その話に聞き覚えのあったサイはさらに嫌そうな顔をした。そして想像してしまう。どうしてジェンヌがこんなに慌ててサイのところに来たのか。

 夏祭りよりも前から逃げ回っていて、アリカを動員しても未だに見つかっていない元回収屋。そいつを探して強制リセットしてくれ、という話であればサイのところには来ないだろう。探すのはアリカの専門分野だし、強制リセットするための戦力ならジェンヌで十分だ。これで、ジェンヌすら手に負えなかったらサイにお呼びがかかるわけだが、ここ最近でジェンヌが怪我をした様子はない。ピンピンしている。

 となると、今回サイにこの話が回ってきたのは別の理由ということになる。それも、かなり厄介な。


「暴れては消える厄介者の目的をね、アリカに推理してもらったのよ」


 こめかみを軽く押さえてジェンヌは言う。思い出すだけで頭の痛くなるような話。全く続きを聞きたい気になれないものだ。

 そして何より悲しいことに、ここまで言われればサイはもう何故自分のところに依頼がやってきたのか、最後まで言われなくとも分かってしまうのであった。それでもささやかな抵抗として、決して自分の口からその続きを言わずに、『実は全く違うかもしれない』なんて淡い期待を寄せながらジェンヌの言葉の続きを待つのだが。全く、無駄なことである。


「その推理を簡単に言うと……そのおバカさんはね、猛者を倒して最強の座について、名声を得たいみたいよ」

「……ロクでもないな」


 そのロクでもない野望のために、恐らくサイが狙われるであろうというのがアリカの推理だった。サイだけでなく、ジェンヌもだが。

 来ることが分かっているのであれば、何もしないわけにはいかない。これを好機と捉え、策を練り、迷惑者の野望を打ち砕きつつ捕獲しなければならない。


「ま、分かったよ。前もって来るって分かってるだけでもいいさ。キリネを安全なところに避難させられるしね」


 深くため息をついてサイはジェンヌからの依頼を了承した。幸い、この条件下であればキリネを避難させる場所にもアテがある。ジェンヌに守っていてもらえないというのが苦しいところではあるが、恐らくなんとかなるだろう。あとは納得のいっていないキリネを説得するだけだ。


「……キリネが一緒じゃダメなの?」


 サイの目が自分に向いたことに気付くと、キリネは悲しそうな表情をした。そんな顔をされてしまうと、意地でもキリネを離したくなくなるし、なんなら依頼をほっぽり出したいものだがここは心を鬼にしなくてはならない。それがキリネのためにもなるのだから。


「キリネにはアリカと一緒にアタシたちを待ってて欲しいんだ。そうだな……アリカのところに行ってもらうから難しいかもしれないけど、アタシとジェンヌのためにご飯を作って待ってて欲しい。それで、アタシたちが帰ってきたら美味しいご飯を食べさせてくれる?」


 キリネを避難させるアテとはアリカのことだ。

 サイはあくまでも『危ないから避難して』とは言わない。別の場所で待っていて欲しいと伝える。『危ない』と言ってしまえば、そんなところにサイを行かせたくないとキリネが言い出すかもしれないからだ。泣きそうな顔でそんなことを言われてしまうと、確実に心が揺らぐとサイは分かっていた。

「あら、いいじゃない」そんなサイの言葉にキリネよりも先に口を開くジェンヌ。サイと一緒にキリネを説得するというよりも、純粋にキリネの料理を食べたいだけのようだ。キリネがどんな料理を作ってくれるのか、それに思いを馳せながら「キリネちゃんの料理のために頑張っちゃおうかしら」と微笑む。

 ジェンヌのそんな発言もあってか、再度キリネに視線が向けられると、「分かった」と口には出さないもののキリネはこっくりと頷いた。その目は「何を作ろうか」と意気込んでいるようにも見える。


「じゃあ、決まったことだしアリカを呼ぶわね」


 キリネが了承したのを見ると、ジェンヌは立ち上がりそう言った。

 きっと『記憶の書』にある魔法を使ってアリカに連絡をするのだろう。そう思っていたのだが、そんなサイの予想に反してジェンヌが『記憶の書』を出すことはなかった。

 代わりに、ジェンヌは迷いのない足取りで出入り口まで進みドアノブに手をかけ扉を開ける。そして「お待たせ」と言いながらニヤリと笑った。


「……ああ。そりゃあ、随分と早いご到着で」


 一瞬、意味がわからずキョトンとした表情を浮かべたサイだったが、少しして何が起こったのか理解した。ジェンヌは元々こういう流れに持っていくつもりで、予めアリカを呼んでいたのだ。

 正確に言えば、アリカの推理を聞いたジェンヌが先に全力で走ってここまできて、後からアリカが追いかけてきたのだが、そんなことはどうだっていい。どちらにせよ、ここにもうキリネの迎えが来ているのなら、キリネの身の安全を確保する為にどうするべきか頭を悩ませる必要は無いのだから。


「それで、アイドル様はどんな推理をしたのさ」


 アリカとキリネが居なくなると、店内にはサイとジェンヌだけが残された。相手が来るまでは暇なので、暇つぶしがてらサイはもう少し詳しい話を聞くことにした。

「襲われた人の法則を考えたって言ってたわよ」サイに出してもらったコーヒーを飲みながらジェンヌは言う。「どうしてその順で襲っていったのか。襲われた本人に話を聞きながら法則を考えて、目論見と繋げてまた考えてってのを何回も繰り返したみたい」

 よく分からない言い回しだ。きっとアリカがそんなことを言ったからジェンヌもそのまま言っているのだろう。だからジェンヌもよく分かっていない。考え方について聞いたって、それで分かるのは本人だけだ。


「で? その法則って?」

 だからサイは相槌がてら結論を催促する。よく分からない前置きと理由づけはどうだっていい。出来ることなら、その法則からこれからの対策に繋がるものを導き出したいところだ。


「『より強い者を求めている』。それが法則みたいよ。襲って勝ったら、その相手になりすまして、より強い相手を探して襲う。その繰り返し」

「なるほど? それなら確かにアタシとジェンヌに行き着くかもしれないね」


 こちら側の世界でそこそこの強さを誇るという自負はある。だから、その法則であれば自分が襲われるということに十分納得がいった。

 納得がいったところでカランカランと扉につけられた鐘が鳴った。そちらを見てみれば開かられた扉の向こう側に男が立っているのが見えた。よく見慣れた男だ。

 だがその男が、本人ではないということをサイとジェンヌは知っている。彼は、前回襲って勝った相手に成りすまして更なる猛者を襲いにやってくるのだ。

「なるほどね──」サイは薄く笑った。「アタシとジェンヌが選ばれるわけだ」

 言いながらサイはカウンターから出て男が入ってきたのとは逆側の──あちら側に繋がっている方の──扉に手をかけた。勿論、動いている最中に男から目を離すなんてことはしない。いつ何時、目の前の男が背中に斬りかかってくるか分かったもんじゃないからだ。


「なんだよ、どっか行くのか?」


 男は朗らかに笑って言う。何も知らなければ、きっと本人だと思っただろう。表情も仕草も声も、全てが見知ったそれだ。だからこそ、厄介なのだということが身に染みてわかる。

「ちょっとね。勿論アンタも来るでしょ?」一先ずここは相手の演技に乗ってやることにして、サイは扉を開けた。そのまま一歩外に出てあちら側に踏み入れると、男の名前を呼ぶ。「──エイゲン」

 名前を呼ばれると男はニッと笑って「そうだな」と扉の方へ歩いてくる。そして何の躊躇いもなく、何の不自然さもなくあちら側へ足を踏み入れた。


「じゃあ、留守番よろしく」

「分かったわ」

「あん? ジェンヌは来ねえのか?」

「行かないわ。私はお留守番なのよ」


 外に出ないジェンヌに男は不思議そうに首を傾げるが、それ以上引き下がるわけでもなく「そうか」と言ってジェンヌに背を向けた。

 そして店の扉が閉じられる。


「なんだ、バレてんのか」


 扉が完全に閉じた直後、男はため息をついて低い声でそう呟き、刀を抜いて何かを受け止めるように振り返った。

 ガキィン、と硬いもの同士がぶつかり合う音がする。刀と竜の爪が交わった音だ。


「当たり前だよ。アンタのことなんか筒抜けさ」


 角を生やし、両腕を竜のものに変形させたサイが戦闘狂のような笑みを浮かべ挑発するように言った。

 その表情を見て、男も口角を吊り上げる。楽しめそうだ、と言わんばかりの表情だ。

 力が拮抗しているのを感じると、二人はお互いを弾き飛ばすようにして後ろへ跳び距離を取る。そして再びサイは地面を勢いよく蹴り、弾丸のように男めがけて突っ込みその大きな爪で男を切り裂かんとする。

 どうやらサイの動作が余りにも速すぎるらしく、男の反応は間に合わない。振り抜かれた右腕がモロに直撃し、男の身体は吹き飛んだ。


「……ッ!?」


 だが、それと同時にサイの肩には小刀が刺さっており、サイは痛みに顔を歪ませた。

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