記憶のケーキ②
「いいよ。今から行こうか」
ことのあらましを話し、外に行きたい旨を伝えるとサイはほぼノータイムでそう答えた。そして大きく伸びをすると立ち上がって出かける支度を始める。
それまでは作業をしていたサイだったが、どうやら行き詰まっていたらしい。外に出られると聞くと、少し嬉しそうな表情を浮かべたのをジェンヌは見逃さなかった。
「どこに行くか……どうせならいつもと違うとこに行こうか」
しかも自分の店から行ける一番近いところを選ぶ程の逃避ぶりだ。相当行き詰まっていたらしい。
あちら側へ通じている場所はサイの店や役場だけではなく、様々な場所に存在している。この前行ったショッピングモールや、ジェンヌとアリカがケーキを食べていたカフェなんかもそうだ。それらは近くに存在していても、あちら側の近くの場所に出るというわけではない。それぞれが全く別の場所と繋がっているのだ。
逆に、あちら側に存在するこちら側へ通じる場所も似たような状態だ。そもそも、あちら側にはそういった場所が少ないのだが、更に近くにあっても全く違う場所と繋がっている。
「だから、来た道を忘れると大変なことになるんだよ。絶対にアタシ達から離れたらダメだからね、キリネ」
「絶対はなれない!」
サイの言葉にキリネは力強く頷いた。その瞳には恐怖すら伺えるし、繋いだ手が強く握られたのも分かった。ここまで怖いと思っているようならきっと大丈夫だろう。
「ここの奥にある階段から行けるところがあるんだよ」
路地裏の入り口で立ち止まると、サイはそう前置きをしてから歩き出した。どうやらジェンヌもこの場所は知らなかったらしく、「こんなところにあったのね」と珍しそうに呟いた。
階段の前まで来ると、サイは繋いでいたキリネの手を離す。そして遠慮がちにキリネの身体に手を回すと、持ち上げてキリネを抱きかかえた。
ジェンヌにはよく抱っこされるキリネだが、サイに抱っこされるのは初めてのことなのでかなり驚いた。もちろん、後ろでその様子を見ていたジェンヌも。
驚いている二人に気付いたのだろう。サイは顔を背けながら「ここから先は暗くて危ないから」と照れ隠しにも聞こえる言葉を吐いて階段を登り始めた。
サイの言う通り、階段は薄暗く足元がよく見えない。螺旋状になっているため、上の出口から射す光がないのだ。また、幅が狭く大人が二人並ぶことはできない。上を行く者が足を踏み外せば、間違いなく下にいる者も巻き添えになるだろう。
そんな階段を二階分登ると、眩しい光が射してきた。どうやら出口のようだ。
これまでの暗さとのギャップに視界がチカチカと点滅する。それにようやく慣れたところで改めて目を開くと、そこは一面の緑の絨毯だった。
「すっごーい!」
サイに抱っこされたままはしゃいだように叫ぶキリネ。その隣で、叫びこそしないもののジェンヌも目の前に広がる景色に心奪われていた。
丘陵地に広がる草原のど真ん中。そこにポツンと置かれた岩の前に三人は立っている。どうやら、この岩がこちら側とあちら側をつなぐ扉になっているようだ。穴が空いているわけでは無いのだが、不思議なことに出入りすることが出来る。
「こんなところいつ見つけたのよ。仕事でもこんな綺麗なところ来たことないわよ? しかも、こんな近場」
開けているのでよほど遠くに行ってしまわない限り、目が届くし大丈夫だろうとキリネには自由に遊ばせている。キリネは初めて見る草原に大はしゃぎで、そこら中を駆け回っていた。
そんな子どもらしい姿を微笑ましく見守りながらジェンヌはサイに言う。
「夜食を探してる時にちょっとね。役場に行くのが嫌で、他に夜食がありそうなところを探してたんだよ」
「それってちょっと前の話ってこと? サイちゃんが役場避けてたのってキリネちゃんが来るよりも前よね? やだー、サイちゃんの薄情者ー。こんなイイトコあるならもっと早くに教えなさいよ」
「いやー……、それはちょっと。アタシの夜食が無くなるのも嫌だったし。まあ、もう雑魚がたまにいるくらいだから良いんだけど」
言いながらサイは軽く地を蹴り跳躍する。着地と同時にまた跳び、素早い動きでそれを三回ほど繰り返すと跳ぶのをやめた。そして、サイの最後の着地と同時に、サイの後ろで四つの黒い箱が落ちる。たった今、彷徨っていた魂四体の回収をしたのだ。
「隠れるのが上手い奴が結構いるんだよ。あとはどっかからいきなり飛び出してくる奴。でもあんまり恨みを抱えてるような奴がいないから危なくはない」
「なるほど。危なかったらキリネちゃん連れて来るわけがないものね」
サイ一人で余裕で対処できる程度の者しか出ないからこそサイはここに来たのだ。それを知るとジェンヌは納得したように頷いた。
しばらくして走り回っていたキリネが戻ってくると、早速この場所の記憶を回収することにした。やはりキリネの力は偉大で、すぐに記憶の山が出来上がる。前回の倍くらいの大きさの山を作ると、もう十分だろうと記憶の回収をやめた。これだけあればコミツの新作が店頭に並ぶのは間違いないだろう。ついでにサイの新作も。
「ねえねえ」出来上がった山を袋に移しているとキリネが口を開いた。「ユイトって、どんな人?」
キリネの口から予想だにしなかった人物の名前が出たからか、サイは思わず顔をしかめた。だがすぐにハッとして表情を和らげてからキリネの質問の意図を探る。
「どうしたのさ、急に」
「アリカちゃんが大好きって言ってたからどんな人なのか気になったの。マスターさんはユイトって人のこと嫌い?」
サイが顔をしかめたのをキリネは見逃していなかった。否、それよりも前からキリネは薄々気付いていた。これまで何度かユイトに関する話題が出ていたが、サイはいつも複雑そうな表情を浮かべていたことをキリネは知っていた。
そこまでキリネが分かっていると判断すると、サイは諦めたようにため息を一つついて「そうだね、アタシは好きじゃないよ」と観念したように答えた。
「そっかぁ。だからアリカちゃんはマスターさんのことが嫌いなんだね……。でも、キリネも大好きな人のこと嫌いって言われたら怒っちゃうしその人のこと嫌いになっちゃうかも……」
サイの答えにキリネは悲しそうな表情で納得したように言った。ジェンヌとアリカの話を聞いていたのだ。
「ユイトはね、すごい回収屋なのよ」
話の流れがあまり良くない。これ以上陰口めいた暗い話をキリネにさせるわけにはいかないと、ジェンヌが無理やり流れを変えてそう話し始めた。それからサイにアイコンタクトを送る。サイはまた一つ深いため息をついた。
「すごい回収屋?」
「そ。すごい回収屋。どんなのが居たって、どんなに難しい条件だって、ユイトが行けば必ず回収できるのよ。それで、『伝説の回収屋』なんて言われてみんなに尊敬されてるの」
「ジェンヌちゃんも尊敬してるの?」
「私は……そうねぇ、尊敬とはちょっと違うわね。一緒に仕事をしていた頼もしい仲間だから」
言いながらジェンヌは懐かしそうに目を細めた。
気付けば記憶の山は全て袋の中に収まっていて、これ以上ここにいる理由もなくなったので三人は立ち上がって帰路につくことにする。その最中もユイトについての話は続いた。
「なんだかマスターさんみたいな人だね」
強くて格好良くてジェンヌの昔の仲間。みんなから頼りにされていて、難しい仕事をいくつもこなしていた。そんな話を聞いてキリネが抱いた感想は、ユイトがサイに似ているということだった。
キリネの言葉を聞くと、ジェンヌとサイは驚いたように顔を見合わせた。それからジェンヌは心底愉快そうに「そうね。そうかもしれないわ」と言ってクツクツと笑った。
一方でサイは居心地悪そうにタバコを咥えて火をつけた。息を吐けば白い煙がもくもくと出て空に溶けて消えていく。
「ああ、ほら。このままコミツのとこ寄ってこれ置いてくよ」
「はーい」
階段を下れば見慣れた景色に帰ってくる。路地裏を抜けるとサイはそう言ってスタスタとコミツの店がある方へ足を進める。
その後ろを相変わらずクツクツと笑いながら、ジェンヌがキリネを抱きかかえて追いかけた。余程面白かったらしい。キリネにとっては何が面白いのかさっぱりわからないが、ジェンヌが楽しそうなので満足げだ。
少し歩けばコミツの店に辿り着く。
本人が休みにしたと言っていたので当然のことながら店はやっていない。だから裏口に回ることにした。
「あ、ちょっと待って──」
扉の前まで来ると、サイが扉をノックしてコミツを呼ぼうとする。その一瞬前にジェンヌが何かに気づいてサイを止めようとしたが、一歩遅く間に合わなかった。
そう、間に合わなかった。
「喫煙者退散ッ!」
「ぐはッ!?」
とんでもない声量と共に黄色い物体が凄まじい勢いで飛んできて、サイを吹っ飛ばした。
「マスターさんッ!?」
「あっちゃー……間に合わなかったわね。ごめんね、キリネちゃん。こればっかりはサイちゃんの方が悪いから許してあげて」
突然加えられた危害にキリネが暴れだしそうになり、ジェンヌはため息をつきながらそれを宥める。サイが飛んで行った方向を見てみると、壁に激突したサイの姿が確認できた。恐らく無事だろう。
「あっ、すみません……煙の臭いがしたもので思わず……」
サイを吹っ飛ばした黄色い物体ことコミツは、握った拳をそのままにしながらも申し訳なさそうにジェンヌに言った。サイに謝る気は無さそうだ。
「コミツはタバコが大嫌いなのよ。サイちゃんには後で言っておくわ。とりあえずこれ、約束の材料ね。キリネちゃんにはまた後日作り方を教えてあげてくれるかしら?」
「わざわざありがとうございます。分かりました。りゅーぞーさんもまた今度、新作を買いに来てくださいね」
「ええ、もちろん」
コミツはにっこりと笑ってジェンヌとキリネに手を振った。
サイが吸っていたタバコはコミツに殴られた際に火が消えたらしく、くたくたになった状態でサイの近くに転がっていた。それは、小柄なコミツの普段の様子からは全く伺うことのできない力を改めて想起させ、キリネは少しだけ身震いをした。
軽く脳震盪を起こしていたサイが復活すると、三人はサイの店へ帰っていく。その道中でキリネが呟いた「嫌いって、怖いんだね……」という言葉は当分サイの頭から離れない程度には響いたという。
コミツ:キャラクターデザイン 日浄まいと様
※諸般の事情によりキャラクターの差し替えを行いました。




