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桜のペンダント①

 キリネがこちら側に来てから二週間が経った。

 すっかりこちら側での生活に慣れたようで、キリネは雑貨カフェの手伝いまでするようになり、それに伴ってサイもカフェのカウンター奥にある工房に籠ることが多くなった。


「マスターさん、ごはんできたよ」


 その工房の扉をノックもせずに開くとキリネはそう声を掛ける。工房は物でごった返していて、サイがどこに居るのかも分からなかったが、山の中からにょっきりと腕が伸びて応じるように振ったので、キリネはそれを確認すると工房の扉を閉め、夕飯の支度に戻った。

 キリネが工房から出てきて数分後にやっとサイが山を掻き分けてのっそりと出てくる。夕飯はカウンターの近くにあるテーブルに用意されていた。


「よう、サイ」


 そのテーブルの近くに座っていたエイゲンが声を掛けた。どういうわけか、エイゲンもサイに用意されたものと同じものを食べている。


「……それ、うちの飯なんだけど」

「知ってる知ってる。ほら、キリネちゃんの手作りって食べてみたいじゃん? だから俺の分も作ってもらったんだわ」


 悪びれもせず、笑いながらエイゲンは言い、一口大にしたさばの味噌煮を白米と共に口に運んだ。

 そう、今日の夕飯はさばの味噌煮。それから切り干し大根の煮物とほうれん草の味噌汁もついていた。最近、キリネは栄養価を考えて献立を組み立てるということができるようになったらしく、こういったしっかりとしたメニューで出してくるようになった。ちなみに、洋食よりも和食の方が得意らしく、出てくるのは和食が多い。

 エイゲンをジト目で見ていたサイは、それをやめると席につき、「いただきます」と手を合わせて味噌汁に口をつけた。今日もとても七歳の子どもが作ったとは思えない、とても安心する味がする。


「いやー、羨ましいねぇ。俺も毎日キリネちゃんの料理が食べたくなったわ」

「お前にはやらん。せめて金を払え」

「え? 金を払ったらキリネちゃんの手料理食っていいわけ? 俺いくらでも出しちゃうし通っちゃうよ?」


 なんて言うエイゲンをサイは一瞥して、その後すぐに食事に集中した。否定しない、ということはもしかしたらいつかはキリネの手料理を商品として出すこともあるのかもしれない。

 当のキリネはといえば、サイの正面に座って、切り干し大根の煮物をモグモグと食べながら、絶えず箸と口を動かすサイをニコニコ顔で見つめていた。サイに食べてもらえるのが余程嬉しいらしい。


「そういや昼はなんだったんだ?」


 そんな二人を微笑ましく見守りながら、全てを食べ終えたエイゲンが訊ねる。すると二人は声を揃えて「オムライス」と答え、また食事に集中する。


「オムライスかー……俺まだ食ったこと無いんだよねー……」


 それ以上会話を広げてくれない二人にエイゲンはポツリと呟く。だが特に反応はなく、おじさんの食べたいものを一つ増やしただけでこの話題は終わった。

「それはそうとなんだけど」夕飯を食べ終わり、食器を片付けて戻ると、キリネは机を軽く叩いてサイに言った。「マスターさん、あの商品棚はキリネどうかと思う」

 あの商品棚、と指を差したのは勿論、カウンター奥にある商品棚のことだ。そこにはサイが売り物として作ったアクセサリーや本、ティーカップ等が並べられている。

 その商品棚に対して『どうかと思う』とは一体どういうことなのだろうか。何を言いたいのだろうか。わからなくてサイは首をかしげた。

 そんな様子のサイに、キリネは少し怒ったように目をつり上げて、声も少しだけ大きくして言った。


「並べ方が! 汚いッ!!」


 どこが? とサイは更に首をかしげる。別に乱雑においているわけではない。サイの工房のようにごちゃごちゃになっているわけでもない。なにが汚いというのだろうか。


「マスターさん! あのね、置けばいいってもんじゃないんだよ! なんでこんなに綺麗なものを作ってるのに適当な置き方しちゃうの! 物が悲しんでるよ! キリネも悲しいよ!」

「き、キリネに何がわかるんだ……」

「分かんないけど絶対にマスターさんより分かってるよ! まずなんで本とアクセサリーとティーカップが同じ場所においてあるの? 種類ごとに分けようよ! あとネックレスを棚に直に置いてもお客さんわかんないよ! 高いとことかキリネ全く見えないもん! あと、本は積み重ねないでちゃんと並べて! ティーカップは割れちゃったら大変なんだから落ちなさそうな所に置いて! いや、やっぱりキリネがやる! マスターさんが作ったもの、これから全部キリネが並べるからね!」

「は、はい」


 なにがキリネに火をつけてしまったのだろうか。というか、本当にキリネはどうしちゃったのだろうか。とても七歳の子どもには見えない。陳列に対して並々ならぬ情熱を注ぐ七歳児なんて普通いない。見たこともない。だが、とてつもなく怒られているのでとりあえずサイは背筋を伸ばした。エイゲンはこの一部始終を見て爆笑していた。

 しかしキリネは止まらない。

 我慢の限界を迎えたキリネは、サイとついでにエイゲンを立たせると、まず棚に並べられたものを全て片付けるよう指示し、それが終わるとキリネの言うとおりに商品を並べさせる。


「物にはね、一番綺麗に見せる角度と置き方があるんだよ! あッ、そのティーカップは角度が違う!」


 これがなんに対する熱意なのか、サイとエイゲンにはわからない。もっといえば、キリネ自身も分かっていない。ただ、どうしても譲れないものだというのは確かだ。

 だから、サイは少しだけ後悔しながらキリネの気が済むまでキリネの指示に従うことにした。七歳の子どもに怒られて、自分は何をやっているのだろうかと思わないこともなかったが、キリネの言うことは至極真っ当だったので諦めた。


「うんうん、これでティーカップさんも喜ぶよ!」


 それに、置き方一つ変えただけでキリネがこんなにも嬉しそうな顔をするのだから、悪い気などするわけがなかった。

「ところでマスターさん」商品をあらかた並べ終えると、キリネはティーカップを一つ指差して訊ねた。「これ、全部マスターさんが作ったんだよね?」


「ん? ああ、そうだよ」


 答えながら、サイは未だにこの店に関する詳しいことをキリネに話していないことに気がついた。今までそういう店だと知って客が来ていたものだから、店について、自分の仕事について、誰かに説明する機会が一度もなかったのだ。


「ここにあるものは全部、この前見せた記憶の宝石を加工してアタシが作ってるよ。例えばそこのティーカップは、紅茶好きの主婦の記憶から作ったものだったね。ダンナがプレゼントとして買ってくれた思い出のティーカップが記憶の中に残ってたから再現したんだ」

「記憶を見て作るの?」

「そう。強く残ってる記憶に沿った形にしてる。その方が記憶の吸収率もよくなるし、なんだろう……アタシがそうしてやるのが唯一出来ること、だからかな。案外楽しいもんだよ」


 言いながらサイはティーカップの近くに並べられたフォークを手に取った。銀色の、赤い宝石を持ち手に埋め込まれたフォークには一体どんな記憶が宿っているのだろうか。キリネには想像もつかない。だが、サイはそれらを大体全て把握していた。


「このフォークは喫茶店を経営していた男のもの。店で使ってたフォークだね。そこの渋い皿は職人だった女の。自分で焼いた一番最初の皿、かな。それからこのピアスは中学生の少女のピアス。憧れてたんだろうね。その辺の本は研究者のものが多いかな。たまに教員のもあるよ。逆に作家の本はあんまり無い。本よりも別のものにすることが多いね」


 興味津々な様子のキリネを見ると、サイはそう説明を始めた。「全てのものに、生きていた頃の思いや物語が込められてるんだよ」と語るサイの横顔は、キリネが知る限りで一番生き生きと、楽しそうにしていた。キリネはすぐにサイのそんな表情が好きになった。


「そうだ。キリネ、アタシの工房においでよ。実際に記憶を加工するところを見せてあげる」


 のってきたのか、サイはそう言ってキリネの手を引き、工房の扉を開けた。

 それは、始めてサイからキリネに触れた瞬間でもあった。

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