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記憶のケーキ①

 昼下がりのカフェテラス。

 そこで、どんな動作であっても人の目を引いてしまう青髪の美人と、こちら側の世界の住人であれば誰もがその顔を知っていると言っても過言ではない少女が、楽しそうにケーキを前に談笑していた。

 人だかりが出来てしまうことはないが、道行く人は皆二人を何度も何度も見てしまう。ちょっと異様な光景だ。まあ、そうなってしまうのも無理はないのだが。

 何せ、青髪の美人は回収屋の生ける伝説と呼ばれる一人だし、少女の方は今をときめく探偵アイドルなのだから。


「リュウちゃんって本当に変わりましたよねー」

「そうかしら?」

「変わりましたよ! だって、近寄りがたい雰囲気とか無くなったし」


 なんて、自分たちがとても注目を集めているとは微塵も思っていないジェンヌとアリカは談笑を続けている。今の話題は昔のジェンヌのようだ。


「リュウちゃんが今みたいになる前って、すっごく暗くて無愛想で、なんか怖かったし。顔は綺麗なのに、ほんとーに勿体無かったですもん」


 今のジェンヌからは想像もつかないような姿だが、アリカの言うことは事実だ。厳密には無愛想だったのではなく、素の自分を出さまいと必死だっただけなのだが。回収屋として有名になっていくうちに、自分がどんなイメージを持たれているのかしっかり自覚してしまい、それを壊さないように振る舞っていただけなのだ。


「まあ、それもサイちゃんを見てやめちゃったんだけどね。そうしたらすっごく楽だしすっごく楽しくなったわ」


 そう言って、ヘラリとジェンヌは笑ってみせた。対照的にアリカは渋い表情を浮かべる。サイの名前が出てきたからだ。

 ジェンヌはアリカがそういう表情を浮かべると分かっててサイの名前を出したらしく、一層笑った。そして「甘いものを食べながら渋い顔をするなんて器用ね」と皮肉げに言う。

 アリカの前に置かれたいちごのショートケーキは既に半分ほど食べ終えている。それでも今まで食べずにいた一番上に乗っているいちごを、突然乱暴にフォークで刺して口に運んだ。甘酸っぱい味と香りが口に広がるが、それでもアリカの渋い顔は直らなかった。

 ここまで来るとかなり滑稽だ。


「その名前からもう嫌いなんです。聞くだけでうんざりする」


 いちごを飲み込むと、心の底から嫌そうな表情でアリカはそう言った。

 名前すら嫌いとは相当なものだ。そして珍しい。『その名前を聞きたくない』ならまだ理解が出来るが、『その名前が嫌い』というのは理解の範疇を超えてくる。他人の名前を勝手に嫌うのだから、余程納得のいく理由でもない限り理解できそうにない。


「サイちゃんの名前の何がダメなのかしら?」


 ジェンヌもその例外ではなく、サイの名前を嫌う理由を尋ねる。サイのことが嫌いだというのは前々から知っていたが、名前が嫌いだというのは初耳だったので、内心ではかなり驚いていた。


「名前そのものというか、名前の由来です。リュウちゃんも知ってますよね? 『サイ』って名前をどうしてつけたか。それがどうしようもなく嫌いなんです。女々しくって女々しくって、いつまで経ってもうじうじと……イライラするんです」

「……まあ、否定はしないわ。私はそんなサイちゃんも好きだけど」

 言ってからジェンヌは寂しそうにクスッと笑った。

確かに、アリカのいう通りサイの名前の由来はとても女々しいものだ。過去に囚われきった悲しみすら覚える由来だ。それはジェンヌも当然知っている。

 だが、最近のサイは変わりつつある。本人がどう思っているかは知らないが、余程キリネのことが大切らしい。大切な存在が出来たことで、サイはうじうじとした女々しさから脱却しつつある。しかし、そんなことを言ったってアリカには何にも響かないのだろう。サイが変わろうと、アリカは『サイが嫌い』と言ってはねのけてしまうのだろう。

 それのなんと寂しいことか。

 昔はサイをアリカが慕っていて、そんなアリカをサイは可愛がっていたというのに、あのころの関係にはもう戻れそうもないのだ。


「『ユイト様』のことは好きなのにねぇ……」


 無意識のうちにボヤくように呟く。『ユイト様』の名前を聞いた瞬間目を輝かせて「そりゃあそうですよ!」とはしゃいだ様に言うアリカの変わりようを見て、ジェンヌは益々ため息をついた。全く、寂しいものだ。


「おや、りゅーぞーさん。珍しいですね、こんなところで」


 アリカがペラペラと『ユイト様』の魅力について語り始めると、ふわりと香るはちみつの様な匂いと共にそんな声がかけられた。店の外側に視線をやれば、そこには眩しいほど美しい金髪の女性がニコニコと笑みを浮かべて立っていた。


「私のことはジェンヌと呼びなさいって何度も言ってるでしょう、コミツ」

「それは失礼、ジェンヌちゃん?」


 コミツと呼ばれた女性は口ではそう言いながらも悪びれる様子はなく、コテンと首を傾けた。頭の動きに合わせて両耳につけられたライムの大きなピアスが揺れる。ジェンヌとのこんなやりとりが楽しくてわざとやっている様な節がある仕草だ。

 アリカは自分の世界にトリップしてしまっている。ひたすらに『ユイト様』との思い出をうっとりとした表情で語り続ける彼女はしばらく元に戻らないだろう。恐らく、コミツが来たことにすら気付いていない。


「あなたこそ珍しいんじゃないの? 店はどうしたのよ」


 コミツはこの近くで洋菓子店を営んでいる。記憶を散りばめた宝箱の様なケーキが有名で、かなり人気がある店だ。店主であるコミツがお菓子を愛しすぎるあまり、殆ど休業しないことも人気に拍車をかけているかもしれない。


「ああ、今日はお休みにしたのです。新作の為の材料を探してまして。なにか良い材料があったら教えていただけます?」

「うーん……心当たりが無いわけでもないから聞いておくわ」


 腕を組みつつ思い浮かべるのはとある人物の顔。話せばきっと何かしらくれるだろうと、その話題は適当に片付ける。それよりも、もっと話したいことがあったのだ。

「ところで」ちらりとコミツの後ろに目をやる。小さな影がゆらゆらと不思議な動きを繰り返しているのが見えた。「その子、知り合い?」


「え?」


 ジェンヌが指差した方をコミツは辿るように見る。コミツの真後ろには短い丈の着物を着た小さな少女が居た。


「え、ええ? 誰ですかこの子、どこから……いや、住人ですか?」


 戸惑うコミツ。知り合いではないようだ。

 一方でジェンヌはそんなコミツを面白そうに眺めて笑っていた。それもそのはず。ジェンヌはその少女のことを知っているのだから。

 というか、その少女はキリネだった。

 ジェンヌを見るなりキリネはハッとした顔をして、それから「おねえさんがすごく良い匂いするからついてきちゃったの」と何も言っていないにもかかわらずここに居る理由を述べた。聡い子だ。

 しかしながら、いかに良い匂いがするからとはいえ知らない人について来てしまうのは問題なので、ジェンヌは軽く「これからは知らない人についてっちゃダメよ?」と注意する。「わかった」と頷くキリネの姿が可愛かったのでサイには内緒にしておくことにした。


「このお姉さんはね、コミツっていうのよ。お菓子屋さんの店長さん。コミツ、この子はキリネ。サイちゃんのところに住んでるわ」


 それからジェンヌは二人にお互いのことを紹介した。いつまでもコミツにキョトンとした顔をさせておくのも悪いと思ったのだ。やろうと思えばトリップしたままのアリカを放置して、キリネを連れてサイの店に行ってしまうことだって出来たのだけど。

 この後、コミツからのお願いの為にサイ会おうと思っていたのだ。この前、キリネが大量の記憶を回収した為にそれの使い道にサイが頭を抱えていることを知っていたので、その内のいくつかを分けて貰えば良いと考えていたからだ。


「ねえねえ、お菓子屋さんってことは、ケーキも作れるの? キリネね、今度ケーキを作ってみたいの」


 しばらくコミツを眺めたあとで、キリネはそんなことを口にした。きっとキリネのことだ、ケーキといってもそこそこ本格的なやつを目指していることだろう。それをサイが食べるかどうかは別として。

 そんなキリネの発言にコミツは「それは素晴らしい」と嬉しそうに声をあげる。お菓子を作るのが好きなだけでなく、食べることも好きなのだ。だから息を吐くように「私でよければいつでもケーキの作り方を教えますよ」ととびっきりの笑顔で言う。


「あら、もしかしたらサイちゃんの店でそのケーキを売るかもしれないのにいいの?」

「問題ありません。むしろ私が買いに行くので好都合です。作る人によって様々な個性が生まれるものですし、大歓迎ですよ」

「そう。じゃあ材料を持ってきてあげるから、その報酬としてキリネちゃんに作り方を教えてあげて頂戴。私はキリネちゃんが作ったケーキと、コミツの新作を頂くことにするわ」


 想像して思わず笑顔になってしまったジェンヌはそう言って立ち上がった。そしてアリカと二人分の支払いを済ませると店の外に出てくる。

「それじゃあ、早速行ってくるわ」なんて言うと、ジェンヌはキリネを抱きかかえてサイの店へ歩き出していった。その背中を笑顔で見送った後に、コミツもその場を去る。

 もちろん、トリップしたままのアリカなど置き去りにしてしまって。

コミツ:キャラクターデザイン 日浄まいと様


大変魅力的なデザインをしていただきました!


※諸般の事情によりキャラクターの差し替えを行いました。

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