宝の山②
ザラザラと音を立てて宝石は次第に山を築いていく。
「ストップ! キリネ、一回ストップ!」
その内キリネを埋めてしまいかねない宝石の山を見てハッとしたサイは、慌ててキリネの肩を叩いて記憶の回収をやめさせた。
確かに回収できるならできる分だけ全部とは言ったが、流石にこれは数が多過ぎる。一体どれだけの記憶がここで回収できるというのか。
キョトンとした顔のキリネは、何故止められたのか分からないまま、それでも素直にサイの言葉に従って記憶の回収をやめて、サイの言葉の続きを待っている。
どうやらキリネとサイたちの間で、大きな認識の違いがあったようだ。
「えーっと、キリネ。今回収してもらった記憶ってどんな記憶?」
「ん? んーとね、この場所の記憶全部だよ! この道も、生えてたお花も、壁も、虫さんも、みーんな記憶をくれるって。それでね、ずーっと昔の記憶もあるからまだまだいっぱいあるよって言ってる」
「…………」
絶句しながらもサイとジェンヌは納得した。そりゃあ大量の記憶になるわけだ。この場所に関する記憶を全て回収するとなれば、その量は人一人分の記憶量の比じゃない。下手したら小石一粒一粒の記憶を回収することになるのだから。
サイとジェンヌがそれ以上何も言ってこないのを見ると、キリネの表情が少しずつ曇っていく。いけないこと、悪いことをしてしまったのではないか。記憶が集まればいいと思っていたけど、そういう記憶は全くいらなかったのではないか。悪い考えがいくつも脳裏をよぎり、キリネの瞳にじわじわと涙を集めていく。
「ああ! 違う、キリネ。違うんだよ。キリネが悪いわけじゃないから!」
「……ほんと? キリネ、マスターさんのお仕事のじゃましてない?」
「してない。むしろすっごく助かってる。どうやってこれを売ろうかいろんなアイディアが出てくるくらいすっごく助かってる」
事実だ。
記憶であれば、どんなものの記憶だって売れる。それに、生き物じゃないものの記憶なんてとても貴重だ。これまで誰も回収することなどできなかった記憶なのだから。
需要はある。どんな記憶だって自分の糧になるし、転生のために使える。
それだけじゃなくて、過去の探し物だってできてしまう。記憶そのものよりも、キリネの力に目が向いてしまいそうなところが唯一のデメリットだ。こんな力、悪用しない大人の方が少ないだろう。
かくいうサイも悪用しようとする大人の一人だ。
この力があれば、イロハとの記憶を辿ることができる。きっと、イロハと前世で巡り合っていたのなら、その当時の記憶だって探すことができるだろう。長年の夢が叶えられるチャンスだ。
そこまで考えて、「ああ」とサイはため息をついた。そんなことをキリネにお願いするべきじゃない。あんなにも真っ直ぐな想いを向けて来るキリネに対して、自分の気持ちは相変わらずイロハに向いている。それだけじゃなくて、そのためにキリネを利用しようとすらしている。そんなこと、して良いわけがなかった。
「とりあえず今日はこの辺りで終わりにして、これを持って帰りましょうよ。流石の私でもこれ以上は持てないわよ?」
きっとサイの考えていることを見抜いたであろうジェンヌは、やや痛ましい表情を浮かべながらそう提案した。その手には大きな袋がある。いつ、どこから取り出したのだろうか。
そのままジェンヌは宝石を袋の中へ投げるように入れていく。なかなか慣れた手つきである。
そんなジェンヌを見てサイは「それもそうか」と納得して、ジェンヌの持つ袋へ宝石を入れ始めた。そしてサイがやればキリネもやる。そうして三人で宝石を袋に入れ続けると、山はあっという間に小さくなって、袋が大きく膨らんだ。
「よいしょ……っと、やろうと思えばまだまだ大量に記憶があるなんて最高ねぇ? キリネちゃんがこうして記憶を回収してくれれば、サイちゃんが必要以上に戦う必要は無くなっちゃうわけだし」
大きく膨らんだ袋を担ぐと、歩き出しながらジェンヌはそう切り出した。少しわざとらしい言い方のような気もするが、キリネはそんなことには気付かない。
「本当!? マスターさん、あぶないことしなくなるの? じゃあキリネ頑張る!」
素直なキリネは目を輝かせてそんなことを言う。決してサイが戦わなくなるというわけではないのだが、『必要以上に』という言葉の意味は分かっていないようだ。
「でもキリネちゃんが回収屋になっちゃうとこれだけじゃダメだから、サイちゃんも危ないことしなきゃいけなくなるわねぇ?」
「キリネもう回収屋さんになりたいって言わない! 今日みたいに記憶さんたち連れて来る!」
ジェンヌはサイにアイコンタクトを送る。『完璧でしょう?』とでも言いたげなドヤ顔も忘れない。確かに、キリネの口から『回収屋にならない』という言質が取れたので完璧ではあるが。
サイはジェンヌの言葉の裏に隠れた『依頼があったら今まで通り魂の回収もしてもらうけど』という思惑を見抜いているので、苦笑を浮かべてため息をついた。今後は一層怪我に気をつけなければ、キリネが泣いて暴れるだろう。
「それで、」話を一度区切ってからジェンヌは提案をした。「今度行くときは、キリネちゃんの記憶を探してみるのはどうかしら?」
思惑は二つある。
一つは、キリネの正体を知ること。
キリネは一体誰なのか、本当にイロハの生まれ変わりなのか。そして何故この幼さでこちら側に来ることになってしまったのか。半年経った今でも全く手掛かりの掴めないそれらについて、そろそろ何かわかっても良いはずだ。
そしてもう一つは、イロハの記憶を探すこと。
悪用するだとかそういったことを考えて萎縮してしまうサイのための思惑だ。キリネの記憶を探すという名目があれば、一緒にイロハの記憶を探したとしても悪いことではない。ついでにたまたま見つかったと思っていれば良いのだ。
「んー……キリネの記憶が見つかったら、マスターさんは嬉しい?」
「え? ああ、まあ嬉しいよ」
「そっか。じゃあそうする!」
しかしながら、そんな面倒くさいことをしなくても、ストレートにキリネにお願いをして探してもらいたい記憶を探してもらえばいいのに、と二人のやりとりを見てジェンヌは思うのだった。
キリネのために探そうと、サイのために探そうと、キリネにしてみれば『サイのためになるかどうか』が全てなのだから。
「……ずっと続けばいいけど」
誰にも聞こえないようにジェンヌは呟く。
この関係のまま、ずっと続けば二人は幸せでいられるだろう。しかし、この依存に満ちた関係が続いた先に、いい未来が待っているとは到底思えない。
いつか訪れるその時に、自分には何が出来るのだろうかとジェンヌは表情を翳らすのだった。
こんなに間を開けるつもりはなかった……なかったんです……




