宝の山①
夕方を過ぎた頃。
いつもサイが仕事に出掛ける時間よりもやや早く、サイはキリネを連れてあちら側に出向いていた。 どの魂を回収するだとかどこに行くだとかそういったことは今回一切決めていない。行った先に回収すべき魂がいたら回収するが、見つからなかったら一時間で帰るという条件をサイが作ったからだ。
「いやー、サイちゃんってば本当に過保護よねぇ」
いつもの数十倍、数百倍は楽な仕事だというのにサイはいつにも増してピリピリしている。そんなサイを見てジェンヌはケラケラと笑った。
これも条件の一つ。絶対にジェンヌが同伴しなければキリネは外に出て仕事の手伝いをしてはならない。
「足りないぐらいだよ。キリネが危ない目に遭うなんて考えられない」
「キリネはマスターさんが危ないことしてるの嫌だよ?」
真剣な目で言うサイに対し、間髪入れずそう言うキリネ。ジェンヌは「あらやだ相思相愛じゃないの」と軽く流すに留めておいた。あまり二人の関係性に踏み込む気にならなかったようだ。
「それで」三人並んでのんびりとあちら側の世界を歩きながらジェンヌが確認を始める。「回収できそうなのを回収、危なそうなのは放置して逃げるってことでいいのかしら? それとも危ないのは撃退?」
「そのとき次第かな。キリネが危なくない方を選ぶ。逃げて済むならそうするし、追いかけられるならジェンヌがキリネを連れて逃げてアタシがぶっ飛ばす」
「りょーかい。ま、よっぽど危ないところに行かなきゃ大丈夫よ。お散歩程度の気楽さで行きましょ?」
肩に力が入りすぎているサイに対し、ジェンヌはそう笑った。
真四角の箱をいくつも並べたような街並みはいつも通りにしんと静まり返っている。人は誰もいなくて、それはあちら側で死んだ魂がこの辺りをうろついていないことを示していた。逆に人で溢れかえっていたら大問題だ。というか事件だ。
キリネがこちら側に来るのはもう三回目になるというのに、相変わらずキリネはキョロキョロと落ち着きなく街並みを見回している。何がそんなに珍しいのだろうか、とこの風景に慣れてしまったサイはしばらくキリネを眺めては微笑んでいた。
「そういえば、アリカがね」流石に一時間黙って歩くことは出来ないので、ジェンヌが適当に口を開く。サイがキリネから目を離して「アリカが?」と反応したのを確認してから、ジェンヌは続きを言った。「そろそろ新曲を出すって嘆いてたわよ」
「新曲ってことは……またなんかの事件か」
「ええ。お陰で疲れ切ってたわ」
アリカには思考を歌詞にしてしまうという癖があった。それを利用して探偵アイドルとして活動をしているのだが、時としてその癖はアリカを追い詰めるほどに働いてしまうのだった。探偵である以上思考は必須である。故に歌詞制作は止まらず、歌詞を作ったからには歌わないわけにはいかない。結果、探偵アイドルは多忙を極めるのである。
「確かあの子、今三つぐらいの事件を抱えてるはずよ。怪盗はいつものことだけど、他に記憶を取り戻して暴れ始めたおバカっちんと、転生じゃないのに何人も居なくなってるのがあったはずよ」
「へぇ……怪盗なんて追っかけてたんだ」
「なんで知らないのよ。アリカに興味持ちなさいよ」
「仕方ないんだよ。なんせこの前会ったのが七年ぶりくらいだからね」
「……それもそうね」
あの子、サイちゃんは嫌いだものねぇとジェンヌはため息混じりに言った。言葉を飲み込む素振りは全く見せなかった。
それにしても平和だ、とサイは改めて辺りを見回した。
相変わらず四角い建物が並べられていて、だけどそこには人影の一つもない。何処からもなんの音もしない。本当にここにはあちら側の住人が暮らしているのだろうかと疑わしくなるほどの静けさだ。
大抵、こういったところには道端で哀れにも死んでしまった魂がいるものなのだが、今日はそういった類も見受けられなかった。既に回収し尽くされたということだろうか。
徐々に気の緩んできたサイは、こんなので果たしてキリネが満足してくれるだろうかと別の不安を抱き始めるのだった。
「……ねえねえ、マスターさん」
それから少しの沈黙があって、ずっと落ち着きなく周囲を見回していたキリネが突然口を開いた。その顔はどうしてか少し興奮しているように見える。
「どうした、キリネ」
「あのね、回収するのって記憶さんだけでもいいの? 魂さんが居なくて、記憶さんだけなの」
大抵記憶というものは魂とセットである。
それを箱を通して分離させているから魂と記憶に分かれているのであって、記憶だけを回収するなんて話はサイもジェンヌも聞いたことがなかった。
そもそも、記憶だけを認識することなんて出来ないのだから当然だ。やりたくてもそんなことは出来ない。
だから、初めサイはキリネが何を言っているのかサッパリ理解できなかった。
しかし、考えている内に段々と思い出してくる。
そうだ、キリネは記憶と会話することが出来るんだった。それなら、魂が無くとも記憶だけで認識することが出来る。
「やっぱり凄いね!」興奮したようにキリネは言う。「いろんな人たちがいっぱいおしゃべりしてて、すっごくおもしろいね! いろんなお話聞かせてもらっちゃった」
「…………」
「…………」
二人は目をまん丸にしたまま絶句していた。だがそんなことにキリネは気付かず、おかしそうに「雪が降った日にね、ここの道がぜーんぶ氷になっちゃったことがあるんだって」などと聞いた話を一生懸命話していた。
「それでね、いろんな人たちにいろんなお話を聞いてもらいたいんだって。だから記憶さんだけでもいい?」
一通り話し終えると、最後にキリネはそう締め括った。
驚きながらひたすらにキリネの話を聞いていたサイとジェンヌだったが、最後のキリネの言葉を聞いてハッとした。そうだ、記憶だけを回収してもいいかと言う話だ。
サイは少しだけ考えた後で、簡単な結論に辿り着いた。即ち、『回収できるなら好きなだけ回収していい』だ。
まだ回収屋として働くジェンヌの立場だったらもっと難しく考えなければならないが、自分の店を持ち、そこで記憶を加工して売るサイの立場だったらとても単純なことだ。賞品の材料が増えるのだから、記憶だけであろうと回収していいに決まっている。むしろ、魂は要らなくて定期的に役場かエイゲンかジェンヌに渡しているぐらいなので、魂が無いなら無いで手間が省けて好都合だった。
「わかった! じゃあそう伝えてみる!」
サイが出した結論を聞くと、キリネは元気にそう言って「これに入れればいいのかな?」と言いながら黒い箱を取り出した。普段は魂と記憶を分離させるために使う箱だ。
ちなみに、キリネが話を伝えようとしている相手は勿論記憶たちだ。『回収できる形になってくれればいくらでも連れて行ける』と付け加えたサイの言葉もしっかり伝えて、キリネは頭の上に黒い箱を掲げた。
すると数秒後、ザラザラと音を立てて箱から宝石が溢れ出したのだった。




