白銀の刀身②
いくらキリネが七歳の子どもだからといっても、周りの自分を見る目が覚めどうなっているのか分からないほどキリネは幼くなかった。だから、サイたちがキリネとイロハを重ねているということはきちんと理解しているし、本当にそうだったらいいのにとキリネ自身願っていた。
そして逆に思うのだ。
キリネが探すキリネにとって大事な人がサイだったらいいのに──と。
そうすればサイもキリネもお互いに大切な人が見つかって、お互いに幸せになれて、そして幸せなまま今の暮らしを続けていくことができる。
「まだ何にもわかんないんだけどね、大事な人とマスターさんが似てるような気がしたの」
それから、と言いながらキリネはいつもつけている桜のペンダントを取り出した。このペンダントをもらった時のことを思い出すと、じんわりと胸に温かなものが広がっていくような気がする。
ペンダントを見つめながらキリネは少しだけ口をつむいだ。本当にこの話をしていいのかどうか。キリネなりに悩んで、でもみんな大切なことを話してくれるんだから、と結論づけて口を開く。
「それからね、マスターさんの大事な人の記憶、キリネちょっとだけ見ちゃったの」
「イロハちゃんの記憶か?」
「うん、多分。マスターさんと、袴を着た女の人がいた」
袴を着た女とは紛れもなくイロハのことだった。しかもよく話を聞いてみれば、それを見たのはサイが仕事から帰ってきた直後倒れてしまった日だという。
それはエイゲンが記憶の宝石をサイに渡した時の仕事の日だ。ということは、キリネは宝石の中の記憶を見たということなのだろう。物の記憶を見る──正しくは『記憶と会話している』だが──ことのできるキリネだ。近くに記憶の宝石があれば、その気がなくてもそんなことができてしまうだろう。
「そのあとでね、マスターさんが起きてキリネのことを『イロハ』って呼んだの。キリネはマスターさんの大事な人に似てるんだね」
「…….そうだな。似てると思うよ」
「うん。だからね、それなら似てるだけじゃなくって、本当にキリネがイロハって人だったらいいなって思うの。そうしたらマスターさんは喜んでくれるでしょ?」
そう言うとキリネは『にへへ』と少し照れたように笑った。
対してエイゲンは複雑な気持ちでいっぱいだ。何故ならそれは、キリネの言っていることは、キリネをキリネとしてみるのではなくて、イロハとして見ることを前提にしているからだ。目の前にキリネがいるのに、誰もキリネのことを見ていない。何よりそれを、七歳の子どもが受け入れてしまっている。受け入れさせてしまっている。
だけどキリネはそんな寂しいことには全く気付いていない。それが寂しいことだと思っていないのだろう。だから照れた表情のまま続ける。
「あのね、キリネね、マスターさんが喜んでるとすごく嬉しいの。マスターさんが笑ってると嬉しいし、悲しんでるとすごく悲しくなる。マスターさんが寂しそうだと、キリネも寂しくなるの。なんでかな、キリネの大事な人とマスターさんが似てるって思うからなのかな」
「…………」
キリネの話を素直に聞いていれば『それは愛って言うんだぜ』なんて茶化しながら返せたのかもしれない。だけど、現状を知っているととてもじゃないがそんなことを言うつもりにはなれなかった。よくよくキリネの話を聞いてみれば、キリネはキリネでサイではない別の誰かをサイの後ろに見ているようなものだからだ。
エイゲンはあまり良い大人ではない。子どもに対してだろうと、常に優しくいられるわけではない。だからついつい、意地悪な言葉が口から飛び出していた。
「……なぁ、キリネちゃん。もしサイがキリネちゃんの大事な人じゃなかったとしたら、それでもキリネちゃんはサイが笑ってても嬉しいって思えるかい?」
言ってから本当に嫌な大人だ、とエイゲンは自分で自分のことを酷く嫌悪した。しかしキリネはそんなの知らない。エイゲンの言葉を聞き入れて、エイゲンの言葉の意味をしっかりと考えて、それから曖昧にはにかんで「わかんない」と答えた。
「わかんない。わかんないけど、でもマスターさんはマスターさんだよね? マスターさんがキリネの探してる大事な人じゃなかったら、それはちょっとガッカリするかもしれないけど、でもマスターさんはもうキリネの大事な人だよ」
わかんない、なんて言いつつも明らかにキリネは分かっていた。それは愛と呼んで間違いではなさそうだったし、エイゲンは自分の心の汚れ具合を恥じた。そして、願わくばサイがキリネと同じような感情をキリネに対して抱いていたら、なんてことを思った。
「ねぇねぇ、もしキリネがマスターさんの大事な人だったら、キリネの記憶が見つかった時にマスターさんも嬉しいかな?」
キリネはエイゲンの答えを待たずに言う。
「だったら、キリネ頑張ってキリネの記憶探す!」
ああ、そんな真っ直ぐなキリネのなんと眩しいことか。
エイゲンは目を細めながら「そうだね」と多くは語らずに同意した。本当は自分のために自分の記憶を探して欲しいところだが、それは無理な話だろう。キリネの中にはもう、サイが中心に居座っているのだ。
「記憶を探すのってどうしたらいいかなぁ? マスターさんと一緒にお仕事したら見つかるかな?」
「んー、そうじゃねぇかなぁ」
なんとも言えないところではあるが、サイの店には色々な記憶が集まってくるし、たまに店に回収対象が来ることもある。キリネ自身が雑貨を作るわけではないから記憶を探すのはサイよりも難しいかもしれないが、しかしキリネには記憶を見る力がある。出来ないことではないだろう。あとはサイやジェンヌやエイゲンが外に出て記憶を探して持ってきてやればいいのだ。サイの店で取り扱うという名目であれば決して不自然ではない。
そこまで考えた上でエイゲンはキリネに返事をしていた。
だが、キリネが考えていることはそんなことではなかった。
「じゃあキリネ回収屋さんになる! マスターさんみたいにお外に出て、『回収』すればキリネの記憶が見つかるかもしれないよね! ねぇ、エイゲンおじさん。回収屋さんになるのってどうしたらいいの?」
キラキラとキリネの目が輝いている。
その目に見つめながら、エイゲンはぱちぱちと数回瞬きを繰り返した。そして何度かキリネの言葉を頭の中で繰り返して、すっかり硬くなってしまった頭でも理解できるよう刷り込んでいく。
「うん……?」
やっとのことで話を理解した時には、会話の流れは明後日の方向に進んでしまっていた。




