白銀の刀身①
夏の暑い時期も過ぎ、秋の涼しい風が吹き始める。こちら側もあちら側も、ぱらぱらと木々が紅く染まり始めた。
早いもので、キリネがこちら側に来てもう半年。しかしながら、未だにキリネに関する記憶が集まる気配はない。
「あ、エイゲンおじさんだ。お仕事しないの?」
肉体を失い魂だけの存在となった為、こちら側の住人は基本的には睡眠をとらなくったって構わない。しかし、精神が睡眠を休息と捉えているのか、肉体があるときと変わらず睡魔はやって来る。
昼間だというのにその睡魔に負けたエイゲンは、紅色が美しい木陰に寝そべり惰眠を貪っていた。それを見つけたキリネが声をかけながらその隣にちょこんと座る。仕事をしないのか、と聞きながらも仕事をさせる気は無いようだ。
「そういうキリネちゃんこそ今日はどうしたんだい? いつもなら店番の時間だろう?」
「なんかね、今日はマスターさんの気分が乗らないからお店やらないんだって」
キリネが来たからといって決して身を起こすわけではないエイゲンは、自分の問いに対する答えを聞くと「なるほどな」と言って笑った。なるほど、どうやらサイはここのところ徹夜続きだったらしい、という理解だ。
昔から、サイは徹夜をする癖があった。たしかに寝なくたってどうにかなる。だがその内精神的に限界がきて、電池が切れたようにぶっ倒れるのだ。今日はその日なのだろう。そして、キリネに心配を掛けさせないために、最後の力を振り絞ってキリネに外で遊んでくるよう言ったのだ。
長く付き合っていればほんの少しの情報でも大抵のことが分かってしまう。
だとすれば、エイゲンが今してやれることはなるべくキリネを引き止めて家に帰さないで、できる限りサイを寝かせてやることだろう。普段からサイにしてやられているエイゲンではあるが、だからといってこういったときに普段の仕返しをしようとは考えないのである。
「ねぇねぇ、エイゲンおじさん」さて、どうやってキリネを引き留めようか、なんてエイゲンが考えているとキリネが先に口を開いた。「エイゲンおじさんも、本当はもう転生できるの?」
アリカやサイの話を聞いてから、キリネはその人が本当はもう転生できるのかどうかを気にするようになっていた。ある日突然その人がいなくなってしまうかもしれない、ということを意識したからなのかもしれない。
それを察したのか察していないのかは分からないが、エイゲンは起き上がると傍らに置いてあった愛刀を取って鞘から抜いた。鞘から抜くと白銀の刀身が現れる。
「これが俺の記憶の結晶だよ」
「これなの!?」
てっきり記憶の結晶は身体の中にあるとばかり思っていたキリネは驚きのあまり飛び上がった。
実際、こうしてエイゲンのように記憶の結晶が常に外に出ているというのは珍しいことだ。それに、宝石らしき形ではなく刀の形をしているというのも珍しい。ましてや、それを武器として使っているだなんて。
「そ。多分入れようと思えば入るんだけど、俺のはもう身体の中に入ってかねぇんだ」
エイゲンの記憶の結晶がこうも珍しい状態なのには理由がある。
「あっち側で死んだら、それまでの記憶は回収されてこっち側の誰かが持ってるだろ? 俺の場合、俺の記憶は俺が持ってるんだ」
「……マスターさんみたいな人に返してもらったってこと?」
「まあ、そうなるな」
そう、エイゲンは生きていた頃の記憶を取り返したのだ。誰かに使われてしまえば記憶を取り返すことは出来なくなってしまうので幸運だったといえる。
とはいえ、取り返したのは生きていた頃のほんの一部の記憶なのだが。だとしても、『自分が何者であったか』というのが分かるのはかなり大きなことなのである。
そして、『自分が何者であったか』というのが分かると、記憶の結晶は姿を変えて刀となった。それがエイゲンにとって一番相応しい形だと、記憶自身が判断したのだ。あるいは、エイゲンの奥底に眠る何かがそう判断したのだ。
「俺は」少し表情の曇ったキリネをみて苦笑しつつエイゲンは続けた。「その俺の記憶を持ってた奴をどうしても負かしたくてな」
言いながらエイゲンはその時のことを思い返す。
ある時、あちら側でエイゲンは死んであちら側を彷徨う幽霊となった。あちら側に居座り続けたのだ。そして、当時の回収屋で最強と謳われた者がエイゲンを回収しに来た。
腕に自信のあったエイゲンは回収されるつもりなど毛頭なく、最強だろうと何だろうと返り討ちにしてやるつもりだった。返り討ちにする筈だったのだ。
しかし蓋を開けてみればエイゲンは手も足も出ずにその回収屋に無様に負け、記憶を回収され気付けばこちら側の住人となっていた。
記憶を回収されてしまったわけなのだから、当然その時の記憶も失ったわけだが、ある時エイゲンはばったりとその回収屋に出会う。そして回収屋は「やっとお出ましか」なんてニヤニヤ笑いながらエイゲンに記憶を返したのだった。
「どーしてもそれが悔しくてな。そいつに遊ばれてるってのが許せなかったんだ」
「そういうものなの?」
「そういうものなんだよ。俺みたいな奴は特に、な」
キリネの表情からはまだ不安が消えない。確かに、いつかエイゲンはこちら側から居なくなってしまうだろう。でも、それはすぐではない。それを分からせるために、エイゲンはキリネの頭を優しく撫でながら「だから」と続けた。
「だから、俺はそいつに勝てるまではここから居なくならない。他の奴だって同じさ。ここでしたいことがあるから今まで転生してなくて、それはこれから先も同じだ。やりたいことを全部やり切るまでは居なくなったりしないし、それにキリネちゃんに何も言わずに居なくなったりなんかしねぇよ」
エイゲンの手が気持ちいいのかキリネは目を細めた。その表情からは不安だとか恐怖だとかは消えているように見える。
ここでエイゲンの話は一区切り付いてしまう。だけどサイのことを考えるなら、まだまだキリネのことを引き止めておいた方が良さそうだ。
エイゲンは少し考えてから「ところで」と切り出した。
「キリネちゃんはこれからどうするんだい? 『大事な人を探してる』って前に言ってなかったか?」
キリネがその話をしたのは、こちら側に来た時のことだ。すごく大事な人を探していたけど、それが誰なのかは覚えていない。とキリネは確かにそう言った。
エイゲンにそう問われると、キリネは少しだけ考えるような素振りを見せる。それから曖昧にはにかんで「そうなんだよねぇ」と言いながら口を開いた。
「キリネね、マスターさんがキリネの大事な人だったらいいのになぁって思うの」




