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寝れない日の夜食

「……ッ!」


 嫌な夢を見てサイは飛び起きた。全身からは汗が吹き出して、気付けば息が上がっている。だけど夢の内容は覚えていなくて、嫌な感覚だけが残されていた。

 最悪だ、と声もなく呟くとサイは布団から出て立ち上がる。窓の外を見てみれば、嫌になる程明るい満月が正面に見えた。その光があまりにも眩しいので、サイの意識はすっかり覚醒してしまった。こうなればもう絶対に寝ることなどできない。


「……仕方ない」


 深くため息を吐くとサイは寝るのを諦めて部屋を出て、それどころか家から出て真夜中の街を一人歩く。目的地は役場──から行ける、あちら側の世界のとある場所だ。

 この時間を担当する役場の職員がサイに気付くと、少し呆れたような顔で一冊の薄い本を開いて渡した。それを受け取ってしばらく眺めると、サイは職員に「これで」と本の一部を指差して、あちら側の世界へ行ける扉へと向かっていった。

 サイが扉の前に着く頃には準備がもう整っていて、何の躊躇もなくサイが扉を開くと、そこには岩と少しの緑で出来た荒野が広がっていた。


「さて……どこかな」


 荒野に足を踏み入れると、サイは何かを探しながら歩き始めた。

 当然のことながら、こんな時間にこんなところへ観光しにきたわけではない。仕事をしにきている。というわけで、歩きながらサイは徐々に自分の姿を龍と鬼が入り混じった姿に変えていく。戦闘準備は万端だ。

 しばらく歩いて目当てのものが見つからないと、サイは歩くのをやめて大きく息を吸った。そして吐き出すと同時に思いっきり竜語で叫ぶ。


『出て来い人間ごときに負けたトカゲ野郎!』


 龍にとってトカゲ呼ばわりはかなりの侮辱である。そして、『人間に退治された』という言葉もかなりの地雷だ。

 大声で思い切り地雷を二つも踏み抜かれた龍は、怒りを露わにしながら突然空から現れ、サイを喰わんとする勢いで突っ込んできた。それをひらりと回避すると、サイはお返しとばかりにその龍の横っ面を思い切り殴ってやった。

 顔面を殴られるとは思っていなかったらしく、龍はぐらりと視界を揺らしながらサイとの距離をとる。真っ赤な鱗に覆われた体に炎で覆われた翼。龍はかつてこの地を支配していたフレイムドラゴンだった。

 だった、というのはサイが叫んだ通り人間によって退治されてしまったからである。つまり、今サイの目の前にいるのは人間によって退治されたフレイムドラゴンの魂。未だあちら側の世界にしがみ続けるどうしようもない回収対象だ。別に、回収対象が人間の魂である必要は無いのである。


『その姿……貴様、我が同胞を!』

『ああ、喰ったよ。で、アンタも今から喰う』


 フレイムドラゴンはまだこちら側のシステムについて理解していない。だから《喰った』という言葉に尚更激昂した。正確に言えば喰ったのは記憶だけであり、肉体は既に滅ぼされているのだからサイが何をしたというわけでもないのに。

 まだ何かを喚くように言い続けるフレイムドラゴンに対し、サイはその口を無理やり閉じようと思い切りその顎を下から上へ蹴り上げた。


『アタシがアンタらを()()にしてんのは、ベラベラと無駄な会話をせずただ殴り飛ばせばいいからなんだよ。だからいい加減黙れ』


 ぐらりとフレイムドラゴンの身体が揺れた。その開いた胴体にサイは龍と化した腕で重い一撃を喰らわせる。

 フレイムドラゴンはその一撃に怯みはしたものの、やはりこの地を支配していただけのことはあってタフだ。すぐに体制を整え、その牙でサイの身体に穴を開けんとばかりに大口を開けて襲いかかった。

 当然そんなものを喰らって仕舞えばサイもただでは済まないので、ここは翼を生やして上へと逃げる。すると突如として地面から四本の火柱が上がり、飛び上がったサイの翼を焼いた。


「ぎッ──」


 口から苦痛が漏れる。しかしその表情(かお)は笑っていた。「そうでなくては()()に選んだ意味がない」と、そう言っているかのような不敵な笑みだった。

 フレイムドラゴンはそんなサイを気味悪く思っただろう。その笑みを、余裕を奪ってしまおうと追撃を行う。

 一つ咆哮を上げれば無数の火の玉がサイを襲い、大きく口を開けば業火のブレスを放つ。一つ一つの攻撃の範囲はあまりにも広く、それらをすべて避けるのは困難を極めた。あるいは、すべてが直撃してしまったのかもしれない。サイの姿は真っ赤な炎に隠れて見えなくなっていた。

 やがて炎が全て消える。

 燃え尽きた真っ黒な何かがボロボロと崩れながら重力に従って落ちていくのが見えた。それを見てフレイムドラゴンは勝利を確信し、ドラゴンながらニヤリと笑った。

 敵がいなくなったので、フレイムドラゴンはくるりと反転し、住処だったところへ戻り始める。飛び立とうと翼を広げたところで、口内の違和感に気が付いた。

 何かが口の中に入ってしまっているような気がする。何かの拍子に入ってしまったのだろうか。そんなことを考えながらモゴモゴと舌を動かした、次の瞬間だった。


『────ッ!』


 声にならない悲鳴が上がり、フレイムドラゴンの口からはゴポリと血が溢れ出した。動かそうと思っていた舌が突然ばっさりと斬られてしまったからだ。

 予想だにしていなかった突然の痛みにフレイムドラゴンはのたうち回る──否、自由に動き回れたのもつかの間だった。

 ガコンと嫌な音が響き下の下アゴが外れた。それどころではない。内側からの強大な力によって外れたアゴは更に下へこじ開けられ、やがて皮や肉が耐え切れなくなりブチブチと音を立てながら、最後には下アゴが全て無くなった。

 ここまでくればほぼ絶命も同然だ。しかし哀れなフレイムドラゴンには絶命させてもらうことすらできず、命の灯火が消えるその一歩手前で形を失い一粒の宝石となった。

 そして代わりにフレイムドラゴンを内側から破壊したサイが姿を現わす。

 そう、フレイムドラゴンがブレスを放った瞬間、サイはフレイムドラゴンの口内へ飛び込んでいたのだ。そして口内で舌を切り裂き、内側から圧力をかけアゴを外し、破壊したのである。


「ッは、こんなもんか」


 一粒の宝石を見下ろすとサイはそれを鼻で笑った。それから宝石を人差し指と親指で摘んで持ち上げると、それを口のなかに放り込んでガリガリゴリゴリと噛み砕き始めた。

 そう、夜食だ。

 変化の能力を持っているサイは、得た記憶のものに変化できる。鬼と龍が混ざった姿に変化するということは、鬼と龍の記憶を持っているということだ。

 夜食とは、こうして龍の記憶を得ることを指す。なるべく強そうなのを選んで、眠れない夜の時間を潰しつつ自分の能力を更に向上させるのだ。これはサイが回収屋だった頃からずっと続いている。


「そろそろアタシも口から火を吐けるようになるかな」


 誰も何もいなくなった荒野でサイは一人笑った。火を吐けたらきっとタバコが楽に吸えるな、なんてバカらしいことを考えながら帰路につく。

 家に着く頃には空が白んできていて、見事サイの思惑通り時間を潰してサイはオールナイトを果たしたのだった。

 その後、サイが寝ていないことに気づいたキリネにチクチクと怒られたのはまた別の話である。


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